山本貴大×藤元健太郎 対談「日本橋の老舗 山本海苔店に学ぶ豊かな未来へのヒント」

FPRCは、江戸社会のあり方に未来のヒントを探り、温故知新のアプローチで未来をデザインする「超江戸社会」の考え方を提唱している。幸福度が高くSDGsな生活を送っていた江戸町人の生き方に今後の日本社会のヒントを見いだし、中世(江戸時代)の課題や不便さをテクノロジーによって克服しつつも、近代の工業化社会によって生まれた多くの制度疲労を転換した、新しい中世的社会システムを考えるものだ。

今回は、「老舗に学ぶ未来へのヒント」をテーマに、創業から170余年の歴史を持つ山本海苔店社長 山本貴大氏にお話を伺った。山本海苔店は、経営者の代替わりを重ねながら、時代に合わせた革新的な展開によって、海苔業界の発展に貢献してきた。2030年~2040年をターゲットとした約150の未来仮説「未来コンセプトペディア」を手がかりに、江戸・日本橋で継いできた文化や一次産業の課題などについて伺った。

本対談の内容は動画でもご覧いただけます。

前編 ①海苔業界も悩む一次産業従事者の後継者不足

日本橋の老舗に学ぶ豊かな未来へのヒント①「海苔業界も悩む一次産業従事者の後継者不足」|FPRC未来コンセプト対談 Vol.3

中編 ②サーキュラー・エコノミーと「粋」の文化

https://youtu.be/UafWYW-Y3d4

後編 ③海苔はプロテインクライシスの時代の重要な食料になるか

https://youtu.be/ttPL3FYHpAc

海苔業界も悩む一次産業従事者の後継者不足 打開のヒントはノルウェーのサバにある?

藤元 健太郎(D4DR株式会社代表 以下、藤元)

近年、地球温暖化などによる水産資源の減少が大きな問題になっています。温暖化の海苔への影響にはどのようなものがあるのでしょうか。

「未来コンセプトペディア」関連項目

山本貴大氏(株式会社山本海苔店 代表取締役社長 以下、山本氏):

温暖化で海水温や気温が上がることは、冬に育つ海苔にも悪影響を及ぼします。海苔の養殖は、19センチ✕21センチを1枚として、最高で年に100億枚以上生産されていたことがありますが、最近の生産量は年60億枚台に下がっており、2021年度には50億枚を下回るのではないかと言われています。海苔の生産が減っている理由は温暖化だけでなく、海苔の養殖が一次生産者さんにとってうまみのある商売ではなくなり、漁師さんの数がどんどん減ってきていることも大きな理由です。

また、海苔は早く摘めば摘むほど味や香りが豊かで、うまみや栄養も豊富です。ただ、漁師さんが今年は量が少なそうだ、と判断した場合は早めに摘むのではなく伸ばすことが合理的になり、そうすると味が落ちてしまいます。これまでは、海苔を高く売ることができる中元・歳暮を中心とした進物市場があったので、漁師さんにも高く買うから短く摘んでください、とお願いできていました。しかし最近は進物市場が縮小してそれが難しくなり、「おいしい海苔」の市場がどんどん小さくなっているのも私たちにとっては大きな課題です。

ゲスト:山本 貴大氏

株式会社山本海苔店 代表取締役社長

1983年生まれ。慶應義塾大学法学部を卒業後、2005年東京三菱銀行(現三菱UFJ 銀行) 入行。08年株式会社山本海苔店に入社。14年取締役営業副本部長就任。16年専務取締役営業本部長就任。17年専務取締役管理本部長兼営業本部長就任、21年代表取締役社長就任、現在に至る。

聞き手:藤元 健太郎

FPRC 主席研究員、D4DR 代表取締役

元野村総合研究所、元青山学院大学大学院 MBA 非常勤講師、関東学院大学非常勤講師。 1993 年からインターネットによる社会変革の調査研究、イノベーションに関わる多くのコンサルティング、スタートアップを支援。現在「超江戸社会」を提唱。

藤元:

お話を聞いて、ノルウェーのサバのことを思い起こしました。ノルウェーではサバの資源管理が厳格に行われていて、大きなサバは捕るが、小さいサバは捕らないというルールや漁船ごとの漁獲枠が設定されているそうです。そのおかげでノルウェーサバは脂も乗っていて評価が高く、日本でも多くのノルウェー産サバが食用として輸入されています。漁師さんの年収も高く、後継者問題はないと聞きます。一方で国産のサバは多くが輸出され、養殖のエサになるものもあり、価格も低くなってしまっているそうです。(参考:一般財団法人 地球・人間環境フォーラム「日本の未来に魚はあるか?~持続可能な水産資源管理に向けて 第4回 サバをめぐる光と影」

ノルウェーサバの取組からは高付加価値化が重要であるというヒントを得られるのではないでしょうか。早摘みの海苔に、業界全体で紅茶の「ファーストフラッシュ」のような名前をつけて、良いものとしてブランディングして高く売れるようにすることも一案として考えられますね。

江戸・日本橋の老舗に学ぶサーキュラー・エコノミー 守ってきた「粋」の文化

藤元:

江戸時代には、お茶碗は二回割れても金継ぎして使い、服はぼろぼろになれば雑巾になり、最後は燃やして灰も活用する、といった生活が一般的でした。日本にはSDGsが象徴するような国際的なサーキュラー・エコノミーへの意識の高まり以前にもともとそういった精神が根付いていて、その点はもっと世界に対するアピールポイントになるのではないかと思っています。

山本海苔店が本店を置く日本橋では、江戸時代から続くサーキュラー・エコノミー的な概念が根付いているのではないかと思いますが、どうお考えでしょうか。

山本氏:

私もそう思います。ただ、江戸や日本橋の「粋」という文化のもとでは、良いことをしていてもそれを自分からは外に発信しない人が多いです。言ってしまうと「野暮」になってしまう。

藤元:

儲かるということに対してもそういった価値観がありますよね。江戸の商人は自分が儲かっているなんて野暮だよ、と考える。株式資本主義市場では、しっかり儲けて株主に配当することが善とされますが、表には言わずに仕入先や協力会社を支えながら商売をしているということはやはりあるのでしょうか。

山本氏:

銀行に勤めた後山本海苔店に入ったときに驚いたのは、海苔を漁師さんからできるだけ高く買いたいというメンタリティがあることです。山本海苔店が高く買わないと、漁師さんは海苔をどんどん伸ばしておいしい海苔が世の中からなくなってしまう、ということですね。銀行に勤めていた時は安く買って高く売れる企業こそがブランド力があって素晴らしいと思っていたので大変驚きました。無理してでも海苔を高く買ったり、地域貢献のためわざと税金を払うようにしたりといった姿勢があることが、山本海苔店が続いてきた理由の一つなのかなと思っています。

このように、おいしい海苔の文化を守っているんだぞ、ということを本当は外に言いたいんですけれど、野暮になってしまうからあまり言わないようにしよう、という姿勢もやはりありますね。

藤元:

そういった精神が脈々と続いてきているんですね。かつての日本の株式会社は互助的で純粋な株式市場とは言えない性質も強かったと思うのですが、ここ20年ほどで日本でも欧米型の資本主義が取り入れられ、目線も「株主のために四半期業績発表せよ」というように短期にどんどん移っていますね。その過程で企業が切り捨ててきたものも多かったのではないかと思います。逆に、ここ20年がたまたまイレギュラーな状態だっただけで、日本の長い歴史から見ると三方よしの概念が大事であることを、老舗の方たちと話すと改めて感じますね。

未来的な視点で、これから隆盛する技術で活用できそうだなと思ったのが、DAO(分散型自律組織)の仕組みです。DAOがトークンを発行して、個人はそれを購入することでDAOの意思決定に参加することが可能になり、プロジェクトが順調に拡大すればトークンの価値も向上します。例えば、山本海苔店が発行するトークンが、漁師さんや工場の人、取引先の人たちなど、海苔の生態系を維持している人たち全員に配られて、海苔業界が発展するとトークンの価値が上がりみんながハッピーになる、といった仕組みもあり得るかもしれないですね。

海苔はプロテインクライシスの時代の重要な食料に?

藤元:

漁獲量が減少するというのは、食料危機とも関連すると思います。世界的な人口増加に伴うタンパク源の不足に対応することや、食肉の生産過程で消費される水や発生する二酸化炭素を減らすため、フェイクミートをみんなで食べようという新しい動きがありますが、海苔業界でもフェイク海苔のようなものが出てくる未来は考えられるのでしょうか。

山本氏:

海苔はタンパク含有量がすごく多いので、牛肉を食べる代わりに海苔を食べるのはどうですか、と提案することはあるかもしれないですね。問題は、海苔は100gあたりのタンパク質含有量は豚肉よりも多いのですが、1枚3gしかないんです。何枚食べないといけないんですか、という話になるので、そこは考えないといけません。

藤元:

海苔の養殖をもっと増やすことがあり得るということですか。

山本氏:

海苔屋さんの中には、海苔は嗜好品なので年間30億枚、現在の生産量の半分くらいになれば希少性が上がって高く売れて儲かるのではないかと言う人もいます。でも私の考えは逆で、ノルウェーサーモンやサバのように、海苔はたくさん採れて安く買えてみんなが食べるようになった方が、海苔業界の未来は明るいのではないかと思っています。

藤元:

タンパク源としての海苔が、肉の代替の一つの選択肢として位置づけられる可能性もありますよね。

山本氏:

以前の山本海苔店のマーケティング・ブランディングは中元・歳暮用をメインとしていました。その場合、高級であることを伝えるためには「おいしいです」「こんな栄養があります」という話はむしろネガティブだったんです。最近は、中元・歳暮市場の縮小に伴い「ご自分用で買ってください」というブランディングに切り替えているので、海苔は栄養やうまみが実は豊富ですよ、ということを発信しています。栄養面ではタンパク質のほかに、ヨード(ヨウ素)や葉酸も多く含んでいます

また、あまり知られていないのですが、海苔は鰹節のイノシン酸、昆布のグルタミン酸、椎茸のグアニル酸の3大うまみ成分が全て含まれている唯一の天然の食材です。何と合わせてもおいしくなる可能性が高い食べ物なんですね。その特徴を活かして、海苔業界全体で、フードサルベージ協会と一緒に手巻きご飯という取組をしています。手のひらサイズの海苔に残ったご飯やおかずを載せて食べたら違うおいしさになりますよ、捨てずに昨日の夜ご飯も活かしてくださいね、という趣旨です。

藤元:

それで思い出したのですが、ふりかけって、本来捨てるはずだった鰹節の出し殻を海苔とゴマといっしょにしたもの、というイメージがあります。江戸時代のなるべく全部使おう、という発想の一つでできたのではないかと思っています。

山本氏:

そうですね。海苔と合わせるとうまみでとにかくおいしくなるので。海苔と何が合うかというのは私たち自身もまだ全ては解明できていないので、コロナ禍でしばらく開催できていませんが、本店で「海苔を楽しむ会」を開いて研究したりしています。パプリカが実は合う、といった発見がありましたね。

「おいしい海苔」文化の継承に向けて

藤元:

最後に、老舗の伝統を継ぎつつ、未来に向けて挑戦したいことなどについて教えていただけますか。

山本氏:

海苔業界では、過去50年ほどの、中元・歳暮の市場に支えられて、漁師さんから海苔を高く買うことで漁師さんが儲かって数が増えて、漁獲量も増えるという好循環がなくなってきてしまっているので、我々の使命として、中元・歳暮に代わるおいしい海苔を使うマーケットを作らないといけないと思っています。

そのきっかけ・ヒントとなるのが、ここ日本橋の再開発で、2023年から本店のビルが取り壊されて店舗が新しくなります。そのタイミングで中元・歳暮で使われていたすごくいい海苔を使うような飲食店に挑戦して、そのビジネスモデルが広がっていくこと中元・歳暮に代わる市場ができ、おいしい海苔文化を守っていくことができればと考えています。


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