粟飯原理咲×藤元健太郎 対談「自給自足、プロセスエコノミー、時短レシピ…食と生活者の未来を考える6つの視点」

FPRCは、未来を洞察する上で、テクノロジーの進化と生活者のライフスタイルや価値観の変化の両面を見ていくことが重要であると考えている。「生活者トレンド2040」の特集記事では、今後の生活者トレンドを長期視点で分析し、新しい生活者像を追っている。

今回は、「食」をテーマに、アイランド株式会社代表取締役 粟飯原理咲氏にお話を伺った。同社は、年間1000万人が利用する日本最大級のお取り寄せ情報サイト「おとりよせネット」や、3万人の料理インフルエンサーが参加する「フーディスト」ネットワーク事業をはじめ、生活者参加型のサービスを多数手掛けている。

2030年~2040年をターゲットとした約150の未来仮説「未来コンセプトペディア」を手がかりに、食との関わり方の二つの潮流、地域固有の食の価値、プロセスエコノミーの重要性などについて議論した。

本対談の内容は動画でもご覧いただけます。

前編 ①インターネットの登場で食はどう変わったか

食と生活者の未来を考える6つの視点①「インターネットの登場で食はどう変わったか」|FPRC未来コンセプト対談 Vol.4

中編 ②同時に伸びる二つの食との関わり方

https://youtu.be/Gg10ZQ1LfT8

後編 ③ローカルな食体験/食とプロセスエコノミー・応援経済

https://youtu.be/TsYECW8AE0k

インターネットで食はどう変わったか

藤元 健太郎(D4DR株式会社代表 以下、藤元)

粟飯原さんはSNSがまだ存在しない頃から、インターネットで世界が変わる潮流を見てきたと思います。生活者と食の関係において、インターネットが出てきて変わったことには何があるでしょうか。

粟飯原 理咲 氏(アイランド株式会社代表 以下、粟飯原氏)

日々の料理や食事を記録して、シェアできるようになったことは大きな変化です。私達のサービスのユーザーには、日々の料理・スイーツなどを発信される方が多いのですが、それは写真を撮ってインターネットでシェアできる仕組みがあってこそ盛り上がっている、インターネットが登場して以降の食の文化だと思います。

藤元

例えば主婦が家で料理を作っても家族に食べてもらうだけだったのが、自分の作品として世の中に発表できるようになったのは大きな変化ですよね。

粟飯原氏

料理をSNSでシェアしてたくさんの人から共感やいいねがもらえるのは、以前は家庭の中で完結していて外からは見えなかった料理が、一種のアートや作品のような形で承認されるということです。私達のサービスに参加していただいている約3万人の料理インフルエンサー「フーディスト」さんたちの話を聞いていると、そのことによって日々の料理によりやりがいが持てるようになったり、続けていく原動力になったりしていることを感じます。

ゲスト:粟飯原 理咲 氏

アイランド株式会社 代表取締役社長

NTTコミュニケーションズ株式会社先端ビジネス開発センタ、株式会社リクルート次世代事業開発室・事業統括マネジメント室勤務、総合情報サイト「All About」マーケティングプランナーを経て、2003年7月よりアイランド株式会社代表取締役。日経ウーマン誌選出「ウーマン・オブ・ザ・イヤー」2000年度ネット部門第1位、2003年度同賞キャリアクリエイト部門第6位受賞。

聞き手:藤元 健太郎

FPRC 主席研究員、D4DR 代表取締役

元野村総合研究所、元青山学院大学大学院 MBA 非常勤講師、関東学院大学非常勤講師。 1993 年からインターネットによる社会変革の調査研究、イノベーションに関わる多くのコンサルティング、スタートアップを支援。現在「超江戸社会」を提唱。

簡単・時短・節約志向/ホビー・アートとしての食

藤元

レシピを紹介するメディアを見ていると、時短料理の動画や献立の提案など、効率化のための情報が多いと感じます。先程のお話を聞くと、貴社のサービスのユーザーには、手間を省くより頑張って作ることを志向する人が多いのでしょうか。

粟飯原氏

私達のサービスだけではなく料理や食のジャンル全般に言えることですが、異なる二つの潮流が同時に伸びています。一つは1日3食の料理をいかに時短で簡単に、節約して済ませるかというハックのマーケットです。共働き世帯が増えて家事に使える時間が少なくなっていることも背景にあります。可処分時間を増やすための食に関するツールの市場もすごく伸びると思っています。私たちは年に一度「トレンド料理ワード」として、ユーザーさんが日々検索しているワードからその年のトレンドを選んで発表しているのですが、ここ数年は自動調理家電がずっと上位にあります。

「未来コンセプトペディア」関連項目

藤元

完全に自動で料理が作れたり、冷凍食品をロボットが自動で配達して冷蔵庫の中まで届けてくれるようなサービスもこれから出てくるでしょうね。

粟飯原氏

一方で、AIやロボットでいろいろなものが自動化されて人の手が空いてくると、できた余裕でスパイスからカレーを作ってみようとか、美味しいケーキの作り方を追求してみようといった、プロセスや完成度を楽しむような、ホビーやアートとしての料理の世界もすごく伸びてくると思っています。

藤元

二つの潮流がそれぞれ伸びているんですね。コロナ禍で特に変化が加速したと感じている部分はありますか。

粟飯原氏

フーディストさんに、コロナ禍で食生活がどのように変わったかというアンケートをとると、料理の内容で増えていたのが簡単な時短料理でした。コロナ前は外でランチを食べていたのが、家で作らないといけなくなって大変だということで、麺、パスタ系や、5分・3分レシピ、レンチンレシピ、フライパンひとつで作れる「ワンパンレシピ」などが人気になりました。それと僅差で大きく増えていたのが、家で楽しめる新しい趣味としてのパン作りやお菓子作りなどです。コロナの流行がなければしなかった層の人たちが始めた、というのも特徴ですね。

自給自足/植物工場

藤元

自給自足生活者のカードを選んでいただきました。コロナ禍で家庭菜園を始める人が増えたと感じます。サーキュラー・エコノミー的な考え方から自給自足的な生活を志向するほかに、戦争、物価の上昇といった社会環境を鑑みて、自己防衛のためにという人も多いのかもしれませんね。テレワークで通勤しなくなって時間が増えて野菜を作りたいとか、オーガニックの野菜を食べたいから作るとか、いろいろなニーズがあると思いますが、粟飯原さんは自給自足生活についてどう見ていますか。

粟飯原氏

自給自足生活とまではいかなくても、ゆる自給自足、ミニ自給自足みたいな形で、生活の一部を自分で担うことによって満足感や安心感を得たい人が増えてきていると感じます。また、育てるプロセス自体を楽しむという面もあると思います。自給自足生活は、昔はすごく大変で覚悟が必要でしたが、都市・郊外生活者が気軽にできるようなIoTなどのデジタルツールが出てきた結果さらに伸びる分野ではないかと思います。

藤元

植物工場も一時期すごく脚光を浴びて、今でも増えていますが、自動で野菜を育てる世界と、自分で育てる世界が、先程のお話と同じで両方同時に広がっていくのでしょうか。

粟飯原氏

そう思います。異なる潮流が並行して走っているような世界になるのではないかと思っていて、食の世界でも、大量生産・大量消費の食でいかにサステナブルに進むかという路線と、自分だけの特別な食を追い求める路線とが常に両方あるのではないでしょうか。

機能重視/エンタメ性重視

藤元:

完全食が流行っていますが、それさえ食べていれば栄養はOKという機能面を重視して食事をする人と、食は体験として楽しみたいから完全食は嫌だ、という人がいると思います。この部分も二極化するのでしょうか。

粟飯原氏:

そうですね。健康志向で完全食のような食を追求していくことはすごくあると思います。また、完全食を選ぶ人の中には環境への影響を考えて、という人も多いと思います。

新しいライフスタイルの広がりでローカルな食体験の価値が高まる

藤元

次に、未来の新しいライフスタイルの観点から食を見ていきたいと思います。例えば、マルチハビテーション(多拠点生活)をする人が増えると、様々な土地の食を経験したい人や、ある土地を応援するために消費をする応援経済のような食との関わり方をする人が増えると思います。

粟飯原氏

マルチハビテーションによって関係する土地が増えることで個人の食体験が豊かになるということもありますし、多様な価値観の人との関わりが増えることによる食への影響も大きいと思います。コロナの後には、多拠点生活者の中に海外の方も増えて、まだ日本で馴染みのないエリアの料理の浸透が加速するのではないでしょうか。もともと日本ではいろいろな文化の料理を取り入れることがすごく得意ですからね。一方で、ある土地でしか体験できない食によって、そこに行くこと自体がプレミアムになることも増えると思います。

藤元

「地のもの」がよりプレミアムになってくるということですよね。私は旅行先のスーパーマーケットで地元のものを見つけるのが好きなのですが、全国で流通しているナショナルブランドの商品が品揃えのほとんどを占めていると残念に思います。地産地消でフードマイレージが小さいものを食べようといった観点からも、多拠点で生活する人が増えると地元の食を求める人が増えるので、いい流れになるかもしれませんね。

粟飯原氏

おとりよせネットでお手伝いした事例に、島根県邑南町の「A級グルメのまち」があります。B級グルメが流行った時代に、邑南町はあえて本当に美味しいあっと驚くようなグルメと出会えるというその土地ならではの食を追求した結果、「日本一の田舎」を唱う町にたくさん観光客が訪れるようになったんです。そういった事例が日本中に広がる可能性もあると思っています。

食とプロセスエコノミー・応援経済

藤元

サーキュラー・エコノミー、水産資源の減少の項目を選んでいただきました。

粟飯原氏

サステナビリティに関して、生活者の間では生産プロセスやフィロソフィーをしっかり公開している企業から買おうといった応援消費、共感消費のような分野が伸びていくと思っています。

藤元

前回のFPRC未来コンセプト対談では、日本橋の老舗、山本海苔店の山本社長にお話を伺いました。山本海苔店は「三方良し」の概念を大事にしていて、漁師さんからあえて高く海苔を買っているそうです。消費者が農家さんや漁師さんを支える意識を持つといったところまで進まないといけないのかもしれませんね。

粟飯原氏:

そうですね。海苔でもそうだと思いますが、作る過程を公開して、そこにすごく価値があるということを生活者に知ってもらうことによって応援消費が広がるので、プロセスを開示すること自体がビジネスになっていくと思います。これからの企業は、企業の中では当たり前だと思っているSDGs視点や、製品を作る過程で大事にしている視点をいかに開示して、応援してもらったりファンになってもらうことでブランドを育てていくことが大事になると考えています。生活者も知らないと応援できないし、消費もできないという時代になるのではないでしょうか。

そういったプロセスエコノミーの特徴は、料理のレシピにも当てはまります。料理は完成されたものについて、実はこのように作っているんですよという過程に価値があってみんながそれを求めているので。

また、私達のサービスを通して感じているのは、自ら発信して、プロダクトも作り、その売り手にもなるというプロシューマーとしての生活者が増えていくのではないかということです。マスメディア以上に発信力を持つ生活者がどんどん登場して、「超インフルエンサー社会」と呼べるような様相ですね。中国のKOL(Key Opinion Leader)は、ライブコマースをすると数分で数億円規模が動くと言われますが、そういった大きな影響力を持つ生活者が何を発信するかによって社会が動いていくという世界も面白いと思います。

藤元

インフルエンサーは日本では情報を広める人というイメージですが、プロシューマー的な要素も入ってくると、より上流に影響を与えて商品開発にも関与するようになるのでしょうね。

おわりに

藤元

シンギュラリティーでロボット・AIが人間に代わって仕事ができる時代が来たとしても、「マンジャーレ(食)・カンターレ(歌)・アモーレ(愛)」のビジネスは最後まで残ると私は思っています。アモーレはメタバースやVRが普及している世界ではロボットに恋をしたりというのもありうるのでわかりませんが、マンジャーレを自己表現と捉えると、前者2つは人間にとって重要なものとして最後まで残ると思います。完全食やカプセルで栄養をとって生きていく人が多い時代になっても、食の体験価値やエンタメ性の価値はなくならないと思うので、世の中が大きく変わる中、粟飯原さんにはこれからも、新しい食の体験の世界を提案したり、先進的な動きを発信したりしていっていただきたいなと思います。


FPRCでは、2030年~2040年の未来戦略を考えるための約150の未来仮説「未来コンセプトペディア」を公開しています。未来創造に役立つ集合知として質を高め続けていくための共創の取り組みとして、 様々な分野の有識者の方々などにご意見をいただき、更新を行っています。

FPRCでは、未来コンセプトペディアをはじめとした弊社独自のナレッジを活用したアイディア創出ワークショップも提供しています。ご興味がございましたら、「未来創発ワークショップ」をご覧ください。


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