【イベント報告】新サービス共創のゲートウェイ化する未来のATM(10/26第61回NRLフォーラム)

2023年10月26日、61回目となるNext Retail Labフォーラムが開催された。

Next Retail Labとは、「次世代の小売流通」をテーマにした研究会で、製造から小売りまで、さまざまな業種に関する調査研究や、マーケティング視点での提言などを行う任意団体である。

今回のテーマは「新サービス共創のゲートウェイ化する未来のATM」。セブン銀行執行役員企画部長の清水健氏を講師に迎え、進化するATMの新しい形、「人と企業を繋ぐ」という新サービスなどについて語ってもらった。また、講演に続いてNext Retail Labのフェローも参加したディスカッションが行われ、銀行の役割、キャッシュレスの社会など、さまざまな論点で議論が交わされた。

現金を出し入れするという従来の役割から進化を遂げ、データを活用した新たな価値を提供するATMの形、そしてセブン銀行が目指す未来についてレポートする。

清水健氏

セブン銀行執行役員企画部長/セブンカード常務執行役員

1968年東京都出身。大学卒業後日本銀行に入行。政策委員会室、金融市場局等にて経験を積んだ後、東急エージェンシーで広告代理店の営業マンとして働く。その後、2002年アイワイバンク銀行(現セブン銀行)入社。業務推進部にて銀行との提携を推進、企画部にてセブン銀行のIPOを成し遂げた後、新規事業部長として新事業の立ち上げを担う。2013年よりセブン&アイ・ホールディングス。執行役員デジタル戦略部シニアオフィサーとしてリアルとECサイトを跨るセブン&アイのデジタル戦略推進のミッションを担う。2020年ヤフーに入社。Zフィナンシャル執行役員としてヤフー全体の金融事業を推進した後、2022年にセブン銀行に再入社。現在はセブン銀行執行役員企画部長とセブンカード常務執行役員を兼務しつつ、経営企画全般を管掌。

■ホスト:菊原 政信 フィルゲート株式会社 代表取締役(NRL理事長)

■進行・モデレーター:藤元 健太郎 D4DR株式会社 代表取締役(NRL常任理事)

新サービス、事業ポートフォリオ再構築による「第二の創業」、ATMを通して人と企業をつなぐセブン銀行
(清水健氏:株式会社セブン銀行)

今回のフォーラムで講演したのは、株式会社セブン銀行執行役員企画部長・セブンカード常務執行役員の清水健氏。清水氏は、日本銀行や広告代理店の東急エージェンシーを経て、2002年にセブン銀行に入社。セブン&アイホールディングスへの出向、ヤフー株式会社への転職ののち再びセブン銀行に戻り、現在は経営企画全般のミッションを担うほか、7月から子会社となったセブンカードの統合推進などを担当している。

講演では、セブン銀行のあゆみや事業内容、「第二の創業」と位置づけている新しい取り組みなどが紹介された。

新しいスキームを生み出し順調な成長、国内のATM設置台数の約15%を占める

セブン銀行はセブン&アイホールディングスのグループ企業としてATMを中心に国内外で幅広い金融サービスを展開。2002年の開業以来、ATMの設置台数や利用件数、経常収益など順調に成長を続けている。2022年度の経常収益は1550億円で国内23位、経常利益は289億円で国内24位で、国内のトップ地銀と同程度の規模感だ。課題は利益率の改善で、売上は伸びているものの一時期300億円を超えていた利益が投資などの影響で若干減少傾向だという。

事業としては、法人事業、リテール事業を行う国内グループ企業に加え、アメリカ・インドネシア・フィリピンでもATMを設置し、国内外に広く展開している。

現在売上の中核を為すのは、国内のATM事業だ。セブン銀行のATM事業のビジネスモデルとしては、提携先の銀行やPayPayといった事業会社からの手数料が売上となる、BtoBビジネス。ATMの利用者が支払う手数料は、セブン銀行ではなくそれぞれの提携先に入る仕組みだ。

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日本のATMは、自身の顧客だけが取引するATMを各銀行がそれぞれ設置し、保守メンテナンスやシステムの運用についても費用を負担するというのがかつての姿だった。それが1990年代に入りいろいろな他行のATMが相互に使える形となり、日本の全金融機関のATMがネットワーク化される時代となる。顧客は口座がある金融機関に行かなくても日本全国のATMで取引ができるようになった。

しかし一方で、顧客がATMを使う手数料も提携先の銀行からの手数料も、入手するのはそのATMを設置している銀行。提携先の銀行からすると、自身の顧客が利用しているにも関わらず、その手数料は入らず、提携のために支払う手数料だけが出ていくという図式だった。

こうしたスキームが、2001年のセブン銀行の登場により変化する。

顧客がセブン銀行のATMを使った場合、その手数料はセブン銀行ではなく提携した銀行に入り、銀行が顧客からの手数料とは別の銀行間手数料を1件いくらという形でセブン銀行に対して支払う仕組みだ。さらに、保守メンテナンスなどATMを運用するための費用はセブン銀行が負担する。さらに現在、セブン銀行では約35行の銀行からATM業務を受託し、セブン銀行の看板ではなく委託元の銀行のATMとして設置する事業も行っている。ATMにかかる開発や保守メンテナンスといった費用をかけずに顧客がATMで取引できる仕組みとして活用し、セブン銀行にATMを全て依頼している銀行もあるという。

こうした仕組みを作り上げたことで、セブン銀行のATM設置台数は大きく伸び、現在国内に約27000台、日本全体のATM設置台数に占める割合は約15%となっている。

利益率やグループ全体に占める金融事業の収益など、課題も

セブン銀行の事業は順調に事業は成長しているものの、電子決済の普及などにより、日本全体のATMは減少傾向だ。国内のATM設置台数は2017年3月の18万7000台から、2023年3月には17万9000台に、利用件数は2017年度の93億回から2022年度は70億回にまで減っている。

また、グループ全体で見たときの金融事業の大きさも課題だ。例えばイオングループは営業収益約9兆円に対して、金融収益は約4500億円で、およそ5%。楽天グループは金融収益が全体の三分の一を占めている。対してセブン&アイホールディングスは、グループ全体の営業収益が12兆円弱で、そのうち金融収益は1%から1.5%ほどに留まっている。
そのため、セブン銀行では事業ポートフォリオの再構築をはかっている。2022年度の経常収益は約1500億円で、そのうち約7割が国内ATM事業によるものだ。2025年度には経常収益2500億円を目指しているが、国内ATM事業は現金離れや少子化の影響で、それほど大きな成長は見込めないとして、その分、法人・リテール事業や海外のATM事業の伸びを期待している。

清水氏によると、その成長を支えるのが、事業の多角化だ。セブン銀行の口座ビジネス、個人向けフリーローン、外国人向けの送金や保険などのリテール事業や、金融機関や自治体の事務受託、本人確認の認証基盤の提供などの法人事業に力を入れる。加えてアメリカ、インドネシア、フィリピンの三か国で約18000台のATMを設置し、海外事業も伸びるという見立てだ。

情報をキーに人と企業をつなぐ新サービス、「+Connect」とは

さらに今年9月、セブン銀行は新しいサービス「+Connect(プラスコネクト)」を発表。これまでATMはお金を出し入れしたり電子マネーにチャージしたり、現金をキーとした存在だった。それを進化させ、今後は情報をキーにATMをあらゆる手続き・認証の窓口とし、人と企業をつないでいこうというものだ。ATMを使った口座開設やQRコードによるホテルのチェックイン、本人確認が必要な会員登録手続きなど、銀行に限らず企業や自治体などとの幅広い提携を想定している。

この新しいサービスを可能にしたのが、セブン銀行がこれまでに培ってきた様々な基盤だ。第四世代と呼ばれる顔認証などができる多機能のATMや、事業で関わってきた多くの企業や自治体との連携、ATM1台ごとの利用状況などをデータを使って詳細に分析してきたスキル、そして誰でも使いやすい工夫を重ねた操作画面のUI・UXなど、その強みは多岐にわたる。

今年度は、ATMによる口座開設や各種の変更届など、銀行の窓口業務利用を開始。今後は銀行以外の金融機関や決済事業者、事業会社や自治体などに対象を広げ、2025年に売上40億円、その後5年から10年以内に売上500億円を目指す想定だ。

セブン銀行は『お客様の「あったらいいな」を超えて、日常の未来を生み出し続ける。』をパーパスに掲げている。清水氏は「私たちは、今目の前に顕現化しているものだけではなく、お客様のニーズを先取りするということを常に意識しています。その実現のために、お客様の立場で考える、新たな挑戦を続けるというセブン-イレブンから受け継いだDNAを大切にし、新たなサービスを生み出し続けたいと思います」と、今後の事業展開に向けた抱負を語った。

【ディスカッション】キャッシュレス、銀行の役割変化…
新しい時代に必要なサービス展開とは

講演に続き、Next Retail Labのフェローらが参加しディスカッションが行われた。一部を抜粋して紹介する。

■ディスカッション参加フェロー
・有限会社シンプル研究所代表取締役 坂野 泰士氏
・株式会社team145代表取締役 石郷 学氏
・株式会社CaTラボ代表取締役 逸見光次郎

「デジタル給与解禁」で、現金離れはすすむのか

藤元(以下敬称略):まず私からいくつか質問させてください。デジタル給与が解禁され、従業員の決済アプリなどのアカウントに直接電子マネーで給与を支払うことが今後できるようになります。それによる影響はどのように考えていますか?

清水:給与のデジタル化は、我々にとってポジティブな話だと思っています。プラスチックカードを使わずにスマホだけで取引できるATMは基本的にはうちだけなんです。PayPayなどの決済サービスが、今後電子マネーのカードを発行することはおそらくないでしょう。そうすると、振り込まれた給与をどこで引き出すのかというと、うちのATMになるはずです。

石郷:そもそも、給与を現金化するのでしょうか。給与がアカウントに入ってそのままチャージし支払に使った場合、現金にする必要がありません。そうした利用を想定すると、ATMは必要になるのでしょうか。

清水:現金がなくなるかどうか、ここは正直わかりません。全くゼロになるとは思いませんが、ATMが電話ボックスのような過去の遺産にならないよう、常に気を付けて見ていく必要はあると思っています。

一方で、ATMというリアルな拠点を持っている強みは、少なくとも今後10年20年にわたり生かせると思っています。ネットでは、どんなに成功してたくさんのユーザーを抱えたとしても、誰かが真似しようと思うと比較的すぐにできてしまいます。同じようなことを始めたときに何で競うかというと、新規入会したらもらえるポイントを5000にするか8000にするか…そうした差別化になりがちです。対して、日本全国にある約27000ものリアルな拠点をすぐに真似して作れるかというと、それはできません。ここは大きな強みではないかなと思っています。

藤元:日本に比べて、海外はキャッシュレスが急速に進んでいると感じるのですが、海外でATM事業をやっていて感じることはありますか。

清水:やはり、アメリカはATM1台あたりの1日の利用件数が減ってきています。対して、インドネシアやフィリピンは、まだ圧倒的にATMが不足している状態ですね。全体のパイは見えにくいところがあるのですが、全体として不足しているところに進出しているので、利用件数そのものは現在伸びています。ただし、キャッシュレスになるのかどうか、今後についてはわからないところもあるため、海外でもATM事業だけではなく金融事業を行いたいと考えています。

グループの強みを生かした、セブン銀行がとるべき戦略とは

藤元:例えば多くのユーザーを抱えるセブン-イレブンアプリがありますが、グループ全体のエコシステムやユーザーの利便性を考えると、そちらのアプリの金融機能も大事になってきます。セブン銀行の強みはありつつ、セブン-イレブンアプリもすすめていく、という考えで、それぞれがいろいろなサービス開発をすすめているのでしょうか。

清水:セブン-イレブンアプリにはPayPayのボタンがついています。ちなみに、もともとあそこは、サービスを廃止した7payが仕込まれる予定だったところですね。今後は、セブン銀行としてきちんとした金融のアプリを作り、セブン-イレブンアプリとしっかり連携をしていきたいと思っています。

そのために、我々は電子マネーのnanaco、クレジットカード会社をグループに持っているので、今後は、一体となった戦略・サービスが必要です。例えば前払いのときはnanaco、後払いのときはクレジットカード、それに銀行口座を活用したデビット機能など、多様な支払い方法に対応できるアプリを出したいと思っています。しかしすでにそうした機能を持つアプリはすでに世にあるので、セブン-イレブンのお客様に最適なものは何かという視点で、知恵を絞っているところです。

石郷:セブン銀行のATMは、セブン-イレブンという土地の上の、ある意味デバイスだなと感じました。デバイスはiPhoneがそうであるように常にアップデートしていく必要があります。コストをかけてアップデートしていったときに、長い目で見てそのコストに対して回収できる見込みはあるのでしょうか。

清水:先ほど紹介したような新しいサービスの開発や、そのベースとなる第四世代ATMへの切り替えなどで、直近はコストが膨らむ状況になっています。しかし残りのATMの切り替えをすすめて新サービスがきちんと浸透すれば、そのコストは取り返せるというのが今描いている計画です。ATMを切り替えるのは費用がかかりますが、1台あたりの単価は下がっているんです。第一世代が250万円ほどだったものが、第四世代は160万円くらいになっています。トータルのコストはかさみますが、単価を落としつつ、利益を確保していく、という方針です。また最近は、「決済アプリへのチャージのために入金する」というATMの利用が増えています。出金だけだと我々が現金を補充に行く必要がありますが、入金が増えることでその必要が減り、うまく回れば警送警備のコストを削減できる余地もあります。

石郷:楽天やヤフーといった強いポイント経済圏がある中で、どのように伸ばしていくのか、キーになるのはデータなのではと思っています。セブン銀行としてもいろいろな形でデータが集まってくると思いますが、そのデータをグループ全体として有効活用して顧客満足度の向上につなげていくために、どのようなデータの利用が考えられると思いますか。

清水:いろいろな方法がありますが、一番可能性を感じているのは金融サービスへの活用です。日本では外部信用の情報機関というものがあって、そこにバンクもノンバンクも情報を登録しています。お金を貸し出すときはそこに情報をたたきに行くのですが、その外信の情報が占める割合が大きいため、それぞれ貸し出す側の事業者が自身のデータを活用をしても、最終的な審査結果はほとんど変わらないことが多いと言われています。全体のスコアに占める外部信用のウエイトを下げて、その下がった部分に、新しく我々のデータを活用することができれば、結果を変えられるのではないかというのが一つの考えです。

例えば買い物の際、1つ3円とか5円のレジ袋を会計時によく購入する人は、相対的に延滞する確率が高いというデータがあります。他にも、まだ正解データが集まっていないので何とも言えませんが、これとこれを組み合わせて買う人はどうかといった、分析も考えられます。これはECだとわからない情報で、リアルな世界の日常的な買い物データをグループとして持っているからこその強みです。うまく活用できれば、ほかの金融機関は融資できなかった人に対してセブン銀行はできるといった状況もあり得ると思っています。

新サービスを浸透させた未来、銀行の担うべき役割とは

坂野:セブン-イレブンはブランドではないところまで超越しているなという視座の高さを感じました。言葉としてはATMと呼んでいますが、いわゆる一般にイメージされるATMではなく、実在する人がこの時間この場所にいて、こういう意思を持ってこういう操作をしている…そうしたことを実現するマシーンになりつつあるんだなというのが感想です。無駄なサービスをどう合理化するかという観点で行くと、誰も反対しようがないポジションだと思います。

新しいサービスを作ったときの一番の課題は、利用者の意識や態度をどう変えるかという点ですが、新しい利用習慣を作るために考えていることは何かあるでしょうか。

清水:確かに、お客様が感じるかもしれない「気持ち悪さ」みたいなところは排除しないといけないと思っています。例えば住所などの登録情報確認をATMで行った際に、なぜ突然自分の住所が出てきて、この内容で正しいかどうかをATMが聞きはじめたのか、といった反応が実際にありました。そこは解消する必要があります。

それから、銀行に対して新サービスの提携をお願いすると、「本当にATMで口座開設する人なんているのですか」とよく言われるんです。そのため、我々としては、まずセブン銀行で開設実績をつくり、1日これだけの人がATMで口座開設をしていますという数字をみせ、大手銀行をどんどん巻き込んでいきたいと思っています。さらに、お互いにWinWinな関係にすることで、提携してくださった銀行がまたそのお客様に案内をしてくれるような、そんな良い循環を生み出せればと考えています。

逸見:これからの銀行の役割について、どうお考えですか。銀行は富裕層への営業は得意な一方で、マスリテールに対する活動は苦手といわれています。セブン銀行が次々に新しいサービスを出し、ATMで口座も作れる、サービスも簡単に受けられるとなったときに、銀行はどのような役割を担うべきなのか、清水さんの個人的なご意見でよいので伺えますか。

清水:例えば地方銀行などは、個人取引については縮小していいのではないかというのが個人的な考えです。われわれが全部引き受けたとして、一般の顧客としてもサービスを提供する主体が変わるだけで、生活が不便になることはないですし、地銀としても人的な余力が出ることで、地方活性化など、地方ならではの事業に焦点を絞ることができるはずです。

逸見:そうですね。例えばフリーローンは、ネットで広告を目にして、そのままネット経由で契約する人が増えています。住宅ローンなども、銀行が営業しているわけではなく、不動産事業者の営業によって顧客がマンションを買ったときに、そのままついてくるだけです。

清水:確かに、そうした外部と提携してサービスを提供する金融機関と、地域の掘り起こしに注力する金融機関と、二極化するかもしれないですね。金融機関として何もかもやります、という形である必要はないのではないでしょうか。

まとめ

セブン銀行により、現金を出し入れするためのものだったATMは大きく進化している。あらゆるサービスの窓口として人々の生活に浸透していくのか、そして金融業界や社会全体を動かす新たな価値を提供できるのか、今後の動向が注目される。

※本記事はNext Retail Labから許諾を得て元記事と同内容にて掲載しております。
Next Retail Labとは、所属している組織の枠を越え、産学連携で次世代のリテールやサービス業、地域コミュニティやマーケティングについて考えアクションすることを目的とし、緩やかにつながるシンクタンクコミュニティです。NRLでは、月に1度のペースでフォーラムを開催しています。

主催:Next Retail Lab
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