國領二郎×藤元健太郎 対談「近代工業文明の限界と『サイバー文明』の到来 複雑系の時代に日本企業はどう対応すべきか?」

2030年~2040年をターゲットとした約150の未来仮説「未来コンセプトペディア」を手がかりに、各分野の有識者に未来を考えるヒントを伺うFPRC未来コンセプト対談。第7回は慶應義塾大学総合政策学部教授  國領二郎氏にお話を伺った。

國領氏は2022年5月に発刊した著書『サイバー文明論 持ち寄り経済圏のガバナンス』(日経BP 日本経済新聞出版社)で、情報技術の発達により、産業革命以来の近代工業が生み出した経済の前提に代わって「持ち寄り経済圏」が台頭することを論じている。本対談では、前半で近代工業文明の限界とともに到来する「サイバー文明」「持ち寄り経済圏」の特徴について伺い、後半で格差拡大やパーソナルデータ活用などについて議論した。

左:藤元健太郎(聞き手)、右:國領二郎氏(ゲスト)

プロフィール
國領 二郎 慶應義塾大学 総合政策学部 教授
1982年東京大学経済学部卒。日本電信電話公社入社。1992年ハーバード・ビジネス・スクール経営学博士。1993年慶應義塾大学大学院経営管理研究科助教授。2000年同教授。2003年同大学環境情報学部教授、2006年同大学総合政策学部教授(現在に至る)などを経て、2009年より2013年総合政策学部長。また、2005年から2009年までSFC研究所長、2013年より2021年5月慶應義塾常任理事を務める。
主な著書に「オープン・アーキテクチャ戦略」(ダイヤモンド社、1999)、 「ソーシャルな資本主義」(日本経済新聞社、2013年)、「サイバー文明論 持ち寄り経済圏のガバナンス」(日経BP 日本経済新聞出版社、2022年)がある。

藤元 健太郎 FPRC 主席研究員、D4DR 代表取締役
元野村総合研究所、元青山学院大学大学院 MBA 非常勤講師、関東学院大学非常勤講師。 1993 年からインターネットによる社会変革の調査研究、イノベーションに関わる多くのコンサルティング、スタートアップを支援。

國領二郎×藤元健太郎 対談①「近代工業文明の限界と『サイバー文明』の到来」|FPRC未来コンセプト対談Vol.7

「近代工業文明」から「サイバー文明」への変化

近代工業文明は、産業革命により実現した、商品の大量生産と市場を介した大量販売を特徴とする。その成立の過程では所有権が重要な役割を果たし、「商品の所有権を金銭と交換する」経済モデルが発達した。

國領 産業革命で、化石燃料を活用して一つの場所で大量の商品が生産されるようになりました。その結果、従来はローカルなマーケットの中で消費できていた商品を、遠くへ運んで全く知らない人々に販売しないといけなくなったのです。それ以前の地縁に基づいた社会ではモノのやり取りはアバウトで、この間あれをもらったから今度はこれを返そう、というくらいの感じで成立していましたが、「赤の他人」との市場での取引には、所有権を渡してその都度貨幣で対価を受け取る必要がありました。

そして、デジタル技術がもたらす「①ネットワーク外部性」「②ゼロマージナルコスト」「③トレーサビリティ」「④経済システムの複雑系化」という4つの現象が、近代工業文明の経済モデルを覆す要因になっていると、國領氏は指摘する。

①ネットワーク外部性
商品やサービスについて、より多くの人が使えば使うほど、価値や利便性が高まっていくこと
②ゼロマージナルコスト
デジタル情報は「限界費用」が限りなくゼロに近く、利幅(粗利)が大きいこと
③トレーサビリティ
人やモノ、お金や情報などあらゆるものの追跡可能性が高まること
④経済システムの複雑系化
さまざまなものがインターネットに繋がることで、多様な要因が複雑に相互作用し、予測できないことがたくさん起こるようになること

近代工業文明の限界:格差の拡大

國領氏は、これまで近代工業文明の所有権交換モデルを基盤とした制度設計がなされてきたが、現在はそれがデジタル技術によって変化した経済特性に合わなくなったことで、さまざまな矛盾が大きくなっていると指摘する。その中でも「格差拡大」は特筆すべきであるという。

國領 トランプ前米大統領の台頭や、ブレグジット(英EU離脱)は、格差拡大などの矛盾を背景に旧来のグローバリズムや資本主義が大きく揺らいでいることの現れではないでしょうか。この本を書き始めたのは、アメリカでトランプ支持者による議会占拠事件が起きたころでした。世界経済フォーラムなどの議論を見ていても、このまま格差の拡大による分断が進むと世界がおかしくなってしまうという危機感が高まっていることを感じます。

近代の製造業は、いろいろな問題点は抱えながらも、工場で多くの人を雇用することで厚い中間層を生み出しました。一方でデジタル技術の世界は、「ネットワーク外部性」などの特徴により、少人数で非常に大きな価値を生むことができるので、所得格差が生まれる経済構造をしています。

その指標の一つが雇用吸収力で、グーグルを傘下に持つアルファベットとゼネラルモーターズのデータを見るとわかりやすい。2020年の売上はグーグルが23兆円、ゼネラルモーターズが3.7兆円と前者が遥かに大きいが、雇用数はそれぞれ14万人、16万人で同程度だったという。

「持ち寄り経済」とは

格差拡大などの矛盾を乗り越えるための一つの考え方が「持ち寄り経済」であると、国領氏は述べる。

國領 データに駆動された経済の大きな特徴は、ネットワーク外部性が強く働くことです。つまり、一つ一つのデータだけではあまり価値がなくても、データを持ち寄って集積させることでパターンが見出され、価値が生まれるんです。例えば、医療のカルテ情報は本人以外にとってはあまり役に立ちません。ところが、多くの人のカルテ情報を集約したAIなどによる分析が可能になると、新たな因果関係みたいなものが明らかになることで医療の水準が向上する可能性があります。

この特徴は実は近代の所有権をベースとした経済の仕組みと相性が悪いんです。近代は、所有権の交換を市場で行うことで富を生み出してきましたが、これからは技術によってみんなが自分の持っている資源や力を持ち寄り、そこで増えた価値をみんなで分配することができるようになります。あなたが持っているリンゴと私の持っているみかんを交換してお互いハッピーになるよね、というモデルではなく、持っているものをみんなのところに出して、必要な人がそれを持っていって、提供した人は社会からリターンを得る、そのような経済が「持ち寄り経済」です。

【対談】格差拡大をどう考えるか

藤元 岸田内閣の方針などを見ていると、最近は「中間層を再び増やそう」と声高に言われている印象です。一方で、格差拡大を前提とした政策を考えないといけない時機が来ているとも思いますが、どのようにお考えですか。

國領 格差の拡大を止めることを諦めてしまわなくてもいいのではないでしょうか。1920~30年代ごろにも格差は相当問題化していましたが、労働基本権の導入など、さまざまな政策的介入によって修正されていきました。戦後に成立した大衆消費社会では、大衆向けに工業製品を生産し、生まれた価値を中間労働者に分配することで市場を形成するという、資本家と労働者のある種ウィンウィンの関係性を作ることに成功しました。このように、政策的な介入によって格差を解消することで、社会全体の繁栄を目指すべきなのではないかと思っています。

藤元 格差について、少し違った角度からも議論してみたいと思います。デジタルの世界では情報の流通コストがゼロに近づいて、インターネット上で音楽は月980円でほぼ聴き放題な世界が実現しています。今後はテクノロジーによって、デジタル世界だけでなくリアルの世界でも、エネルギーや食料といったリソースを最適化するマネジメントが可能になると予想されます。

かつては低所得者はさまざまなものが享受できない生活を送らざるを得なかったですが、リソースの最適化で昔より遥かに低コストで衣食住が賄えるようになっています。さらにデジタル世界での人との関わりによって幸福感も得られるようになっているので、仮に所得格差が拡大しても皆が幸せに暮らせる仕組みが整ってきていると言えるのではないでしょうか。一方で、富裕層は行政を通さないさまざまな形で社会貢献ができるようになっていて、イーロン・マスクはその象徴だと思っています。そのようなことを前提とした社会の制度設計もできるのではないかと考えていますが、いかがでしょうか。

國領 テクノロジーによって、税金で徴収したものを分配するほかにも、さまざまな方法で格差を解消できる時代になってきました。インターネットはそのような仕組みの原型を作ったと考えています。ネットワーク業界が、インターネットが「ベストエフォート」という表現で他のユーザーが使っていないときに使える権利をすごく安い値段で提供する仕組みを導入したときは、このような方法だと格安でデータ通信サービスが提供できるのだ、と目からうろこでした。

同じようなメカニズムで、テクノロジーによって本来は自分が優先権を持って使えるものを、自分が使っていないときは安い価格で他の人に開放することができるようになってきています。そのような「アクセス権」の仕組みによって、贅沢な理由で高優先度のサービスを要求する富裕層の負担で、大多数の人が安価に質の良いサービスを享受できるようになり、格差の解消につながると展望しています。

『サイバー文明論 持ち寄り経済圏のガバナンス』p.156より引用

【対談】複雑系の時代に日本企業はどう対応すべきか

藤元 今後、日本企業は世界でどう戦っていけばよいのでしょうか。

國領 日本は20世紀の工業文明モデルですごく成功したわけです。未だにその夢を再び、と思っているところがまだ残っているので、まずは時代が変わったこと、どう変わったかをよく認識し、変わらないといけないと思うことが出発点として大事だと思います。

キーワードの一つがアジャイル・レジリエントです。近代の工業では管理の思想のもと、工場のような隔離された空間で厳密に理論通りのことを繰り返すことが重要でした。日本はそのパラダイムで大変な優等生として発展してきましたが、コネクテッドカーのように、何でもインターネットにつながるようになってくると、どこかで問題が起こったときに思わぬ部分が波及を受けやすい構造になります。そうなると、計画通りきちんとやるというより、外的なショックや変化に機動的に対応できる能力が必要とされます。

藤元 今のお話を聞いて、Googleのデータセンターの話が思い浮かびました。日本企業はなるべく壊れないようにサーバーを堅牢に作りますが、Googleは壊れることを前提として設計して運用しているそうです。どのような状態で壊れるかというデータを吸い上げて学習することで、一番安いサーバーを最大のパフォーマンスで使えるようにしているんです。この例のように、壊れる前提でソフトウェアが管理して最適化するほうが、これからの社会には適しているということですよね。

國領 IoT化が進むと、そうでないとだめな分野がますます増えます。いろいろなものがコネクテッドになると、近代工業パラダイムの管理の発想が適していた業界も、アジャイル・レジリエントであることが重要な業界に転換していくことが予想されます。

藤元 例えばトヨタの工場は、超最適化されたカイゼンを積み上げてきた近代工業パラダイムの中の一番の優等生だと思います。ただ、ひょっとしたらイーロン・マスクはすでに全く違う考え方で車の生産ラインを見ていて、今その思想がテスラの工場として少しずつ形になり初めているのではないでしょうか。製造業でもアジャイル・レジリエントを重視したデータによるマネジメントの思想のもと、突然これまでとは全く違う種類の競争が始まるかもしれないと考えると、不気味さ、怖さも感じます。
國領 製造業としてのコンピュータ産業はそれを通過してきたわけですよね。その流れが他の業界にも来ると見るのが自然なのではないかと思います。

【対談】パーソナルデータ活用・情報銀行

藤元 ここからは、「未来コンセプトペディア」から重要な項目として選んでいただいたテーマについて議論したいと思います。まずは、「個人信用スコアの活用」などについて、どのようにお考えですか。

國領氏が選んだ「未来コンセプトペディア」カード

國領 「持ち寄り経済」の、個人が社会に貢献し社会から分配されるという特徴を考えると、誰が社会にどのような貢献をしたかについては、何らかの形でデータを集める必要があると思います。ただ、一部の企業や国家がデータを集約的に握ると、世論操作などもできることもわかっていますから、データ取得に関してプライバシーのことを心配する人が多いのは当然だろうと思います。どのようにみんなが納得する形でデータを集めて、それが適正に扱われながら価値を生み出して、みんなに適正に分配されていく仕組みを作っていくのかが重要ですね。

藤元 トークンエコノミーやDAO(分散型自律組織)、web3が最近すごく盛り上がっていますね。そのような価値の分配を体現するテクノロジーとして注目されていると感じます。

情報銀行の可能性についても伺いたいです。私は以前から、国家でも企業でもなく、第三者機関としての情報信託サービスが必要だと考えていますが、どのようにお考えですか。

國領 私も同じ考えです。1999年に出した書籍『オープン・アーキテクチャ戦略』などで、販売代理エージェント・購買代理エージェントのうち、後者が大事だと言っているのですが、今はターゲット・マーケティングのパワーによって、販売代理エージェントが圧倒的に強くなってしまっています。どうにか個人側に立ったエージェントをエンパワーしたいと思っています。

藤元 BMI(Brain Machine Interface)のようなテクノロジーが普及すると、脳の情報が取れるようになるので、パーソナルデータのレベルが一気に上がります。今のCookieなどの議論はまだ初歩的だなと思っていて、パーソナルデータ活用の議論の重要性は、そのような時代が来たときにますます上がるのではないでしょうか。

【対談】物理的・身体的制約からの解放とモビリティ

藤元 都市やモビリティに関する項目も選んでいただいていますが、このあたりについてもぜひお考えを伺いたいです。

國領氏が選んだ「未来コンセプトペディア」カード

國領 何らかの制約からの解放の観点が重要だと考えています。例えば、化石燃料は、蒸気や自動車の内燃エンジンによって、動力と場所の関係を切り離しました。それによって人間は場所と時間の制約から解放されたわけです。ただ、未だに人間は肉体的存在に縛られています。デジタルの何がすごいかというと、媒体から情報を切り離したわけですね。その抽象化によって、デジタルツインのように、実際に存在しているものとデジタル上のものがあって、どちらかで操作したものをもう一方に還元することができるようになり、人間を物理的、身体的制約から解放することが可能になりました。

体が動かなくなってしまった方にとってはもちろん、高齢で運転免許を返納する人も増える時代に、肉体的・物理的制約から人間のマインドを解放することは大きな意味を持っていると思います。その実現が目先に迫っているのがモビリティです。

藤元 移動の制約をなくす時代がまず自動運転あたりから始まって、それがデジタルツインやメタバースといったところも含めて起きるということですよね。


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