SDGs・社会課題解決型ビジネスは経営戦略の新たな切り口となる

著:吉富 愛望アビガイル

イスラエル生まれ。早稲田大先進理工学部卒、東京大大学院中退。多摩大ルール形成戦略研究所客員研究員。現在は、欧州系投資銀行のアナリストのかたわら、細胞培養肉のルール形成を行う細胞農業研究会の広報委員長を務め、運営に参画している。

 企業による社会課題への取り組みについて、日本と欧米[1]では何か違いがあると感じたことはないだろうか。日本企業のCSR活動や「持続可能な社会」に配慮した取り組みというと、事業により生成される負の副産物を削減するという目的のもと、ゴミ拾いや節電、脱プラや再生可能エネルギーなど、環境問題に配慮したものが多い傾向にあるように思える。一方で、アメリカやヨーロッパの民間企業・政府の社会課題に対する取り組みを調べていくと、彼らは SDGs で掲げられている社会課題を事業戦略や国家戦略において十分に考慮し、ポジティブな成果を生む活動へ邁進しているように見える。

 日本企業は、SDGs を取り巻く動きの中で生まれる可能性、恩恵や、SDGsの課題に取り組まないことによるリスクを十分に理解していないのではないか。今こそ、SDGs への貢献をミッションとする企業のこころを学ぶ必要があるのではないだろうか。

 この疑問について本記事では、欧米企業が SDGs をどのように捉え、なぜSDGsへの貢献をミッションとして掲げるのか、という問いを立てる。この問いに対して、事例を踏まえて考察することで応えようと思う。

SDGs誕生の経緯

 SDGs とは世界の 17 の社会課題解決のゴールをまとめたもので、2015年に国連により提唱され、 課題解決への参画が呼びかけられた。国連は、SDGs を達成するためには、2030年までに550~770兆円の費用が必要であるとしている[2]。しかし、国連の年間予算は5000億円程度[3]。SDGsの達成には、民間や各行政機関による出資が不可欠であると言えるだろう。

(SDGs17の開発目標  出典:外務省資料より)

SDGsはなぜ各国の企業や行政に注目されているのか

 考えられる理由は以下の3つだ。

1.社会課題の解決に取り組むことで参入できる市場の規模が大きいから 
 SDGs達成に向けた取り組みにより、2030年までに60もの巨大市場が誕生し、年間で最大1,320兆円、企業収入や貯蓄が増えると予想されている[4]。

2.社会課題への取り組みに対する評価が投資資金の獲得に影響するから 
 機関投資家たちは、環境に多少悪いが短期的に利益が見込める投資よりも、社会課題解決を目指した銘柄の方が長期的にみて利回りが良いと考えている可能性がある。例えば、環境評価NPOであるCDPは、著名な投資家らに環境評価レポートを提出し、効果的な資産運用への助言を行っている。投資家らの総運用資産額は1100兆円に上るとされている[5]。

3.新たなビジネスの発想のきっかけになり得るから
 アリババのジャック・マーなど世界中の CEO や国際機関の要人たちが作成に協力したビジネス&持続可能開発委員会のレポート[6]によると、サステナブルなビジネスであるほど投資家へのリターンが高いという傾向が見られるらしい。社会課題解決型ビジネスの市場では、シェアリングサービス、サーキュラーサービス、リーンサービス 、ビッグデータや社会的な事業などの新しいビジネスモデルが活用されており、30 以上の世界的なユニコーン (企業価値 100億円以上) が誕生している。サステナブルなビジネスほど投資家へのリターンが高い場合が急増しているというレポートもあり、社会課題解決を目指すビジネスには大きな可能性があり、企業の注目を集めている分野であると言えるだろう。

SDGs を事業戦略のスコープから外すことにより生じるリスク

  考えられるリスクは3つある。

1.社会課題を引き起こしていることに対する企業責任が問われるリスク
 自社のサプライチェーンが社会課題を引き起こしている企業の場合、たとえその社会課題がサプライチェーンの末端で起きた問題であったとしても、NGOやNPO、消費者に企業責任を問われ、企業に対するネガティブキャンペーンが行われる可能性がある。
 例えば、国際環境NGOであるGREENPEACEは2013年、GAPに対して環境に配慮したサプライチェーンを構築する必要性を訴え、消費者にSNSでの拡散を呼びかけた[7]。インターネットの普及により、サプライチェーンの末端にかかわる人も含めた世界中の人がこうしたキャンペーンに触れる機会がある。そのため、社会課題を引き起こすビジネスが世界に露見する可能性が高まっていると言えるだろう。逆に、真に社会課題解決に挑むビジネスは人々の賛同を得やすい環境が整ってきているのではないか。

2.環境基準を満たさず、減税対象から除外されたり新たに課税対象となったりするリスク
 環境に関する基準は、企業に大きな影響を与える。基準を満たさなかった場合は減税対象から外れたり、新たに課税対象となったりすることで、負担が増える場合があるためだ。  
 例として、カリフォルニアにおけるZEV規制(エコカーの販売に関するルール)の変更によって、日本の大手自動車メーカーが新たな金銭的負担を負わなければならなくなった事例が挙げられる。ZEV規制とは、自動車販売メーカーに、総販売量のうち一定の割合(2016年は14%)以上、エコカー(ZEV)を販売することを義務付けるものである。エコカーの販売台数が基準を満たさない企業は、高額な罰金の支払い、もしくは基準を満たす企業からの余剰CO2クレジットの購入義務が課せられる。2016年、ハイブリッドカーがカリフォルニア州のZEV規制の対象車から外された。この変更により、トヨタを含む日本の自動車メーカーは、テスラを筆頭とするカリフォルニア州のEV企業からCO2クレジットを購入せざるを得なくなったのである[8]。

3. 環境基準を満たさない商品は、取扱店舗が減るなど、シェアを奪われるリスク
 上記の例のように企業に影響を与える環境基準だが、グローバルな基準の策定を企業が主導する場合もある。グローバルな環境基準は、すでに業界内で影響力のある基準をもとにして作成されることもあるからだ。そして、基準に満たない商品は排除され、シェアが縮小する恐れがある。
 例えば、アメリカのスーパーマーケットチェーンであるWalmartは、2009年、第三者機関のThe Sustainability Consortiumとともに、サステナブルな事業モデルを有する小売業者やサプライヤーを評価する独自の規準を作成した。この規準を満たす商品を適切に評価し流通させる基盤として、サステナブルな事業を推進する企業の商品だけを取り扱ったECサイトを開設。以上の活動は、米HP, 中国TCP China など数々の企業に対して環境目標の設定・達成を促すなどの影響力を及ぼしている[9]。

ビジネスチャンスとしてのSDGs

 以上のリスクを逆手に取ると、SDGsを事業戦略のスコープに入れることにより、以下の効果を得ることが可能となりそうである。

  • 自社の社会課題解決力がブランド力の新たな柱となる
    社会課題解決型ビジネスを推進することで、世の中に対して社会貢献色の強い企業イメージを与えることができる。
  • 問題解決できない企業が市場から一掃され競争力が上がる
    グローバルな規制に適応できない企業は市場で生き残ることが難しくなる一方、うまく適応した企業は市場での競争力を上げることができる。
  • 減税対象となり、シェア獲得が期待できる
    環境基準を満たす商品には、減税などの優遇処置が取られ、価格競争で優位となる可能性がある。
  • SDGs を推進しようとしている政府や他の企業のコンソーシアムに参加できる。  
    環境基準策定を推進する組織に参加することで、基準の策定に自ら関わることができ、いち早く基準に沿った商品開発、業務プロセス設計を行うことができる。
    サステナブルなビジネスに求められる規範を示す国連のグローバルコンパクトには、9000以上の企業が署名している[10]。例えば、このような団体に参加することで、これから策定されるであろう基準について情報を得られ、大きなチャンスを得られるだろう。

社会解決型ビジネスモデルを成功に導く鍵
~キーとなるのは業界基準の変化~

 欧米企業は SDGs、つまり社会課題解決の視点を、企業の超長期戦略 (10〜15年) を立てる上で重要な視点であると捉えているようだ。具体的には、社会課題解決型のビジネスの恩恵を以下のように捉えているようである。

  • 市場創造の機会
  • 企業のブランド力向上の機会
  • 投資機会
  • 社会課題を取り巻く新たなスタンダードを率先して打ち出す機会
  •  解決力のない競合を市場から「退場」させたり、税を課したりする流れを作ることができる機会

 社会課題解決の視点に関する海外の事例からは、戦略立案の際には、ユーザーと株主以外の声や事象にも敏感になる必要があるという示唆が得られる。例えば、サプライチェーンに影響を受ける市民、行政、NPO の声、そして社会課題解決を目的とした新たな規制や国際基準の台頭などだ。
 日本国内の市場が欧米市場の潮流を追いかけるという説が事実なら、国内市場をメインターゲットとした企業にとっては、このような社会課題解決の視点は今後 10年間を生き抜く上で、商品評価や新市場創造につながる重要なものなのではないか。

 また、海外展開を少しでも目指す企業であれば、国内外の規制や国際基準んが、社会課題解決を目的として生まれる可能性があることを認識する必要があるだろう。気がつかないうちに自社に影響するような合意形成が海外でなされ、取り残されていたとか、知らぬ間にコンプライアンス規定に反していた、という事態に陥る可能性もある。その結果、罰金支払い義務やシェアの縮小を招くのは最悪の事態である。
 したがって、社会課題を取り巻くルールの変化に敏感になる必要がある。そして時には、環境に配慮した投資の対象になるために、戦略的に事業改革を行うことで、株価上昇を目指す姿勢も重要である。少なくとも、自社の事業領域を守るために、社会課題解決の視点から自社の価値を訴えることが今後ますます必要になってくる可能性が高い。

 現在、個人情報の取り扱いやAI に利用される情報はどうあるべきかなど、新しいテクノロジーを取り巻く倫理観の形成や、そうした倫理観に基づく業界内での合意形成が盛んに行われている印象がある。そしてその合意形成の過程では、いかに社会課題を解決に導くことができるのか、そしていかに社会課題を引き起こさずに済むのかといった点が重要となることは間違いないだろう 。我々は、少なくともその文脈で足元をすくわれないよう、世界の社会課題解決に向けた動きに注目する必要がある。そして可能な限り、初期の合意形成の段階から、業界に対して積極的にソリューションの提案を行い、将来的に市場に影響力をもつ規制や基準の策定に貢献することにより、我々の未来を自身でコントロールすることが求められているのかもしれない。

※各レポートが報告している金額はドルを円に変更している(1ドル=110円で計算)

 FPRCでは、中長期的な未来について考察しています。これからの社会がどのような変化をたどるのかを考えたい、そして自社の未来の事業についてアイディアを得たいと考えている方はお気軽にお問い合わせください。

~参考文献・注釈~

[1] 本記事に引用した事例が、欧米企業のものが多いため、欧米企業との対比として書いた

[2] Schmidt-Traub, G., 2015. Investment Needs to Achieve the Sustainable Development Goals: Understanding the Billions and Trillions. SDSN Working Paper Version 2. United Nations Sustainable Development Solutions Network (UNSDSN), 12 November. Available at: http://unsdsn.org/wp-content/uploads/2015/09/151112-SDG-Financing-Needs.pdf.

[3] https://www.unic.or.jp/info/un/un_organization/budget/

[4] PricewaterhouseCoopers (PwC), 2015. Make it your business: Engaging with the Sustainable Development Goals. Available at: https://www.pwc.com/gx/en/sustainability/SDG/SDG%20Research_FINA

11 AlphaBeta, 2017. Valuing the SDG prize: Unlocking business opportunities to accelerate sustainable and inclusive growth. Business and Sustainable Development Commission contributing paper. Available at: http://report.businesscommission.org/.

[5] https://b8f65cb373b1b7b15feb-c70d8ead6ced550b4d987d7c03fcdd1d.ssl.cf3.rackcdn.com/cms/reports/documents/000/001/181/original/CDP_Investor_Initiatives_Report_JP.PDF?1474994696

[6] http://report.businesscommission.org/report

[7] https://www.greenpeace.org/japan/sustainable/story/2013/04/23/3595/

https://www.greenpeace.org/japan/sustainable/press-release/2019/06/21/9187/

[8]https://diamond.jp/articles/-/110862?page=3

世界市場で勝つルールメイキング戦略 技術で勝る日本企業がなぜ負けるのか

國分俊史(監修)、福田峰之(監修)、角南篤(監修)

 [9]

https://news.walmart.com/news-archive/2015/02/24/walmart-expands-online-sustainable-shopping-offering

 [10] https://www.unglobalcompact.org/what-is-gc/participants

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