コロナ禍を経てオールドメディアはどう変化するか(第二十二回)

【特集】アフターコロナ時代のビジネス戦略 とは
D4DRでは、今回の新型コロナウイルス(COVID-19)の流行を経て社会がどのように変化するか、そして各業界がどのような戦略にシフトしていくべきなのかを考察した「アフターコロナ時代のビジネス戦略」を毎週連載しています。
連載一

アフターコロナ時代のビジネス戦略 -メディア

新型コロナウイルス感染症(COVID-19)は、私たちの生活を一変させた。その要因の一つにメディアによる「インフォデミック」があると言われている。

「インフォデミック」とは、国語辞典によると「ウェブ(とりわけソーシャルメディア)上で真偽不明の情報や虚偽の情報(フェイクニュース)が流布し、これを多くの人が真に受けてパニック状態となり、社会の動揺が引き起こされること」とされている。

本来は、「Web上で真偽不明の情報や虚偽の情報(フェイクニュース)が流布する」ことを指した言葉であるが、今回のコロナ禍でトイレットペーパーが市中から無くなるといった騒動では、テレビを中心としたオールドメディア(Webと対比してみられることの多い、いわゆる「マスコミ」)が、インフォデミックを引き起こしたとする意見もある。

このことは、メディア(特にテレビの報道やそれに類する番組)のビジネスモデルにどのような影響を与え、今後どのようなことが起こり得るかを考察した。

コロナ禍以前の世代別マスメディア接触状況

コロナ禍以前のデータであるが、総務省の発表している令和元年版情報通信白書によると、2000年から2015年のテレビ視聴時間(平日1日あたり)の推移は、全体で緩やかな減少傾向にある。

年代別では、60代は横ばい傾向だが、50代以下は減少傾向にあり、特に10代・20代の減少が著しい。「テレビ視聴時間推移」の最新データは2015年で止まっているが、コロナ禍であるという事情を考慮しなければ2020年はこの傾向が強まっていると推測することが自然であろう。

テレビ視聴時間の推移

テレビ視聴時間の変化にみられるように、マスメディアの接触時間は減少傾向といわれており、その背景にはWeb等のインターネット上の情報への接触時間が増加していることが考えられる。

しかしながら、各メディアの信頼度を比較してみると、全般にインターネットへの信頼度はマスメディアと比べて相対的に低く、マスメディアへの信頼は相対的に高くなっている。

インターネットの活用が一般的になっている20~30代においても、テレビへの信頼度は他の層に比べ10%前後低いものの、インターネットへの信頼度は低いといっていいだろう。

メディア別信頼度(全年代・年代別)

少なくともコロナ禍前においては、若年層を中心にテレビ離れが進んでいたが、信頼度はどの世代でもインターネットよりも高く、高齢者になればなるほどその傾向は強くなる(10代除く)傾向が見て取れた。

インターネットメディアがこれだけ普及した現在にあっても、信頼性のあるメディアという点ではテレビや新聞といったマスメディアのポジションは高い状況であり、報道される内容が信頼できると思われており、当然に正確性が求められているといえる。

そのことを踏まえて、コロナ禍のマスコミの状況(主に情報のリアルタイム性が高いテレビ)について考えてみたい。

コロナ禍にみるファクトデータの重要性

最近(2020年7月)のテレビ・新聞では「新規感染者数推移」を、下記のような推移グラフを掲載し報道していることが多い。

この日別感染者数推移持つ数字の意味は、統計学的な見地から考えると、その信頼性には疑問が残る。このグラフでは、その日に確認された感染者数を日毎に並べているが、母数となる検査数は日毎に異なっている状況であるため、市場調査などの統計に基本的に存在しているべき調査の母数表記が無い。検査数そのものが少なかった3月や4月に比べると、態勢が徐々に整いつつある7月は検査数が増加しているはずである。

したがって、このグラフのように4月の感染者数206人と7月9日の224人を同列に扱って「7月の方が増えている。」と単純に感染状況を断定をすることはできないが、マスコミにみられる発表の多くは「緊急事態宣言時よりも感染者数が増加しているから危険な状況である。」という論調になっている。

マスコミ各社がこれらの指標について統計的な信頼性が疑わしいことにまったく気づいていないとは考えにくい。

時間の経過と共に、重症化率等の感染者数とは異なる指標を目にすることも増えてはいるが、それらが紹介される優先順位は感染者数に比べて相対的に低いままである。一般に、発信の中心となる指標を変えないことで、受け手が連続的に数値を評価できるというメリットはあるが、前述のように統計的な意味の低い指標を使用し続けると、別の理由があるのでないかと邪推されても仕方のないことであろう。(インターネットメディアの一部でみられる、世論を誘導したいがための報道、と言われる所以になっている可能性が考えられる。)

前述の総務省のデータにあるとおり、各世代でテレビなどの旧来からあるメディアを信頼する率は高い上に、コロナ禍で在宅時間が増えていることも考えれば接触時間も長くなっている可能性は高いだろう。

そのため、もし上記のような統計的な信頼性に疑問があるデータだけを信じる人が増えると、大袈裟にいえば「インフォデミック」の発信源にマスコミがなってしまっているかもしれない。マスク不足やトイレットペーパーの在庫不足や、ドラッグストアなどの早朝からの行列など、混乱の例を挙げると枚挙にいとまがない。密になってはいけないと言いながら、重症化リスクの高い高齢者が店舗に殺到して密を作る、というパラドックスを起こしているのである。

放送時間の急増で「素人」コメントに頼りがちな状況に

今回、テレビの報道、情報番組における新型コロナウイルスを取り扱う時間は、自粛ムードが高まるなかで相対的に増えざるを得なかったと推測するが、その伸びた時間をどう捻出していたかは情報番組をみているとすぐに気づく。

限られた数の専門家があらゆる番組に出演することは、立場的にも時間的にも限界がある中で、直接の専門家では無いが一般人よりは感染症に明るい人、という立場で起用された解説者やコメンテーターがテレビ画面上に長い時間登場している。

こうした解説者とタレントを中心とするコメンテーターが、長い時間を掛けて政府や世間を批評することで、高い視聴率を獲得し、信頼性のあるメディアであるテレビで言っていることは正しい、と受け止める人を増やし、結果として多くの人々の行動に影響をもたらした可能性がある。

同じ解説者が民放各局を掛け持ちして登場することも多くみられ、ある大学教授は新型コロナについて情報番組で取り上げ始めた段階から、民放各局の報道番組・ワイドショーに『公衆衛生学の専門家』として登場している。

前述のように直接関わっている専門家が出演することは制約もある中で、解説者に誰を起用するかは制作側にとって悩ましい問題であるが、必ずしも当該問題についての専門家でなくともそのようにみえる解説者として出演し、視聴者はそのような放送内容を信じるしかない状況になっていたと考えられる。

その他、放送では時間の制約や番組の趣旨があるため、データ・情報を強調して使用する例も散見された。グラフのスケールを変えてリスクを誇張する手法や、「2週間後のリスク」を強調(「2週間後の東京は今のニューヨークやイタリア」「2週間後の日本は大惨事、死者で病院があふれる」)する、などがある。

このような主張が続けば、感染リスクが高くマスコミへの信頼もある高齢者を中心とした層に恐怖心が浸透し、場合によってはパニックに陥る可能性が生じる。

そもそも今回の新型コロナウイルスはこれまでの知識が役に立たない面が多い。国によって致死率も大きく異なり、さらに感染が拡がるタイミングの差も大きいため、専門家であっても自分の知識や経験の範囲を超えさまざまな仮説を検討しなければいけない状況である。ましてや専門外の解説者やコメンテーターの意見を裏付けのないまま喧伝されることへの危惧がある。

メディアの特質上、不確実な情報であっても報道することがあるにせよ、仮説が外れた時や自分たちの主張したようにならなかったときに、誤りを認めたり予測と違ったのかなど検証して報道することはできないのであろうか。(もし報道機関でない組織が発表したとすると、自分たちのアウトプットに責任を持たない行為であり、社会に対する背信行為だと言われてしまうようなことである。)

信頼され影響力があるマスコミだからこそ、その内容の検証を十分にしてもらいたいものである。(そうでなければ社会は混乱し、混乱した社会の世論に押される形で政府・自治体も混乱し、国民生活に深い影響を与えてしまう。)

品不足にみられるパニックの誘発

3~4月ごろのトイレットペーパー、マスク等の不足によりドラッグストア等に人が殺到するというパニック現象は記憶に新しいが、その要因のひとつに一定の影響力を持つテレビで下記のような映像を連日放送していたことが、こうした行動に影響をもたらしていると考えるのが自然だろう。

https://www.tv-asahi.co.jp/tvtackle/backnumber/0303/

内容によっては「紙製品の原料は不足していません。増産体制もとっています」というメーカーや業界団体のコメントが付されているが、映像のインパクトは大きく、空になったスーパーの棚と行列を繰り返し見ることにより、視聴者がどのような行動をとるかは想像に難くない。

アフターコロナのマスコミに求められる役割

新聞やテレビなど旧来からあるメディア、オールドメディアしかなかった時代であれば、情報の信憑性に疑問があっても、生活者はマスコミを信頼しつづけたであろう。たとえ後になって信憑性を検証したとしてもそれを知る方法がほとんどなかったのだからやむを得ない。

しかし、インターネットを通じて、出演者の実績や、過去の発言との整合性を検証したり、「パニックを誘発しているのではないか?」「客観的な事実と報道内容の相違があるのではないか?」という声がさまざまな形で発信される時代になった。

もちろん、まだインターネットで得られる一次情報には限りがあり、その信憑性についてはオールドメディアに比肩できるレベルではないと生活者が考えていることは前述のデータからも明らかであるが、オールドメディアへの接触時間が減る傾向も顕著である中で、もし信憑性に疑問を持たれてしまうと、マスコミ離れを加速させる可能性がある。

マスメディアは、政府・自治体を批判的に報道することで大衆の共感を得てきた側面もあるが、Web上では「揺り戻し」的論調が増えつつあるように感じることもある。たとえば、電波を使ったメディア(テレビ、ラジオ)については電波という公共財を既得権益者に独占させてよいのかという議論があり、電波オークションを求める動きも発生している。

マスコミには報道の自由が保証されている上、権力の監視機関であるという一面もあり、依然としてその役割は大きい。世代を超えて信頼性が高いとメディアとして認知されている現在のポジションを維持し、マスコミは公正公平であるということを示すことができるか、岐路に立たされている。

多様な価値観が許容される昨今では、メディア単位で賛否が予め決まってしまうような紋切り型の報道姿勢ではなく、都度賛成反対の立場やその理由を示してより深い理解を促すなど、様々な立場の視聴者に考える材料を提供するなどすることで、コロナ禍で疲弊している人々が多少でも明るい将来へ歩んでいけることの助けになる、という役割が、今後のメディアには求められるようになるのかもしれない。


次回で「アフターコロナ時代のビジネス戦略」は最終回となります。9/9更新予定です。


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