【イベント報告】ドラッグストアにおける次世代顧客データ活用(9/22第50回NRLフォーラム)

9月22日、第50回目になるNext Retail Labフォーラムが開催された。

今回はゲスト講師に西郷 孝一氏(株式会社薬王堂取締役常務執行役員営業本部長)と遠藤 国忠氏(株式会社Novera代表取締役CEO)をお招きし、「ドラッグストアにおける次世代顧客データ活用」をテーマに、小売業界がどのようにデータを活用していくべきかご講演いただいた。

西郷 孝一 氏

1978年、岩手県矢巾町生まれ。大学卒業後、花王で5年間勤務。その後、2012年4月に株式会社薬王堂に入社。営業企画部部長、商品部部長、業務改革部部長、経営企画部長を歴任し、取締役常務執行役員経営戦略本部長として経営に携わる。2018年4月に設立した薬王堂100%子会社の「Medica」の代表取締役、2021年5月には薬王堂ホールディングス常務取締役経営戦略部長に就任。現在は、企業としての中長期的な戦略の立案から実行と、他業界の人材と企業とのコラボレーションを推進している。

遠藤 国忠 氏

2011年に株式会社サイバーエージェントに新卒入社。マッチングサービスに企画とエンジニアの両面から携わった後、スマートフォン向けソーシャルゲーム「ミリオンチェイン」のプロデューサー・ディレクター、「ガールフレンド(♪)」のリードプランナーなどを経験。2017年1月よりNoveraを創業し代表取締役CEOに就任。

■ホスト:菊原 政信 フィルゲート株式会社 代表取締役(NRL理事長)
■進行・モデレーター:藤元 健太郎 D4DR株式会社 代表取締役(NRL常任理事)
■ディスカッション参加フェロー:
 村山 らむね 氏 有限会社スタイルビズ 代表取締役 
 郡司 昇 氏 店舗のICT活用研究所 代表 
 矢野 貴久子 氏 株式会社アイスタイル Beauty Tech.jp編集長  

アプリで自分に合った化粧品がすぐに分かるAI肌診断とは

現在、多くの企業が公式アプリを活用しており、その存在は一般的なものとなっている。そのなかで薬王堂の公式アプリには注目すべき機能がある。それはAIを活用した肌診断だ。スマホのカメラで自分の顔を撮影すると、AIが肌の状態を診断してくれる。

なぜ、自分の顔を撮影するだけで肌診断が可能なのか。現役美容部員200人の知見を学習したAIがそれを可能にしている。そのため、プロの美容部員に診断してもらっているような体験がアプリ上でできる。また、薬王堂が持つ顧客の購買データとパーソナルデータを掛け合わせることで、自分と肌の状態が近い人が買っている化粧品もおすすめしてくれるのである。

AI肌診断について、フェローの村山氏は以下のようにコメントした。

村山氏:例えば、私が今かけているメガネはZoffの顔診断アプリで買ったものだ。そのアプリの良かった点は、たくさんある商品の中で自分に合ったものをレコメンドしてくれて、時間をかけずに選べること。化粧品も人によって合うものが違うため選ぶのが難しいが、アプリで簡単に自分に合ったものを選ぶことができれば、ユーザーとして使い続けるのだと思う。

AI肌診断が営業指標にもたらした3つの効果

AI肌診断により、基礎化粧品に対する3つの要素が向上した。

1つ目は、客単価である。AI肌診断経験前と経験後で顧客の1人1回あたりの客単価は、6,831円から8,691円へと向上している。しかし他のデータを参照すると、これは購入品数が増加しているためではない。西郷氏はこの結果に対して、ユーザーが肌診断の結果とリコメンドを信頼して、より高単価な商品の購入を決断しているのではないかと分析する。従来ドラッグストアで化粧品を購入するときは、自分だけで調べ、選ぶことがほとんどだ。しかしAIの客観的な診断とリコメンドは、信頼できる外部からの判断である。その点では、AI肌診断がデパートの美容部員のように使われているとも言える。

出典:西郷氏、遠藤氏資料

2つ目は、顧客生涯価値、つまり顧客が長期間サービスを利用しているうちに使う金額だ。AI肌診断の経験前と経験後で、22,997円から61,558円へと大幅に上昇している。薬王堂が拠点としている東北地方では人口が減少している地域が多く、新規顧客を獲得するのは難しい。一度関係を築いた顧客と良好な関係性を維持し、収益を高めることは重要である。

出典:西郷氏、遠藤氏資料

3つ目は、2回目の来店までにかかる日数だ。AI肌診断経験前と経験後で93.7日から90.8日に短縮した。

一方で前述のとおり、1回あたりの購入点数が増加したという結果は出ていない。西郷氏はこの点について、まだアプリの改善の余地があると考えている。例えば、商品情報の充実、商品カテゴリの最適化、AIリコメンドの精度向上などだ。

特に商品情報を充実させることは重要である。まだメーカーと連携しきれておらず、商品情報が少ないことを西郷氏は課題に感じている。商品情報が乏しい商品は、いくらAIがおすすめしてもユーザーは購入をためらう可能性が高い。今後、商品の情報を充実させるために、メーカーとの連携を強化していくことが重要だと西郷氏は考えている。

フェローの郡司氏は、アプリの改善について別の視点から指摘した。

郡司氏:AIの判断に美容部員の目線をインプットしているとのことだが、美容部員が持っている商品の売り方もノウハウとして導入できれば、顧客とのコミュニケーションの幅が広がるのではないか。

いずれにせよ、AIデータを活用するだけではなく、その先にある顧客への提供方法を充実させることが次のステップとして重要である。

小売事業者の店頭におけるデータ活用の成功への3つの条件

ここまでの話で、AI肌診断の導入により小売KPIを向上する方法論が分かってきた。しかし単純にAIを導入するだけでは、成功は難しい。AIを活かすためには小売事業者側も取り組むべき条件がある。

知識と経験値

小売業の現場だけでなく、経営層もAIの知識を持つことが鍵となる。AIを導入してすぐに売上に影響するとは限らないからこそ、経営層に長期的な運用になることを理解してもらい、設計をしていく必要がある。

上記のケースでは、西郷氏がAIを使ったデータ活用に対して理解を深めていたため、成果が得られたということだろう。

さらに重要なのが、AIによるデータ活用の経験である。経営者自身もAIデータ活用を経験することで、AIデータ導入の前後もスムーズにサービスを提供することができる。西郷氏もデータ活用のためにNoveraと何度も打ち合わせを行い、実際にAIデータ活用を経験する中で自社に最適なAIデータの活用方法を見つけ、導入を進めてきたそうだ。

コミュニケーション力(対等な企業関係)

小売事業者とAIデータ活用の企業が共同でサービスを提供する場合、どちらかに頼り切ることがないバランスも重要である。

協業で一つのサービスを提供するのは難しいが、積極的にコミュニケーションをとり、お互いを理解することが、専門性の高いデータ活用をするうえでは欠かせない。

お互いに専門分野を知っているからこそ、できること・できないことを共有しながら、素早く改善点を見つけてサービス向上に取り掛かることができる。

多種多様な小売データ環境の整備

3つ目はAIを活用するためのデータをきちんと整備することだ。データが整備されていることで、AIは生活者に最適なサービスを提供できる。

基本的に購買データしか持っていない小売事業者は少なくないが、購買データのみで精度の高い予測をすることは難しい。また、AIが学習できるようにデータを整備するにも、専門知識のある担当者が必要になる。

薬王堂の成功を分析する上で、購買データだけでなくパーソナルデータを取得し、さらにAIが学習できるように整備していることも重要なポイントである。

まとめ

薬王堂の例から、小売業界がAIを活かすには専門分野の人に任せっぱなしにするのではなく、経営層も能動的にプロジェクトに関わる必要があることが分かった。Noveraの遠藤氏は、西郷氏がAIに理解があったからこそここまで進められたと話す。小売事業者の経営層がAIについて理解していないまま計画を進めると、長期的な運用を見据えたビジネス設計ができない、AIの導入後すぐに結果を求めて現場とギャップが生じてしまうといった問題が発生しうる。

今後、AIやデータ活用で顧客の体験価値が向上すれば、さらなる販促も成功する可能性が高まる。そのためにも、薬王堂のようにAIやデータの活用方法について、企業を挙げて勉強していくことが不可欠になるだろう。

※本記事はNext Retail Labから許諾を得て元記事と同内容にて掲載しております。
Next Retail Labとは、所属している組織の枠を越え、産学連携で次世代のリテールやサービス業、地域コミュニティやマーケティングについて考えアクションすることを目的とし、緩やかにつながるシンクタンクコミュニティです。NRLでは、月に1度のペースでフォーラムを開催しています。

主催:Next Retail Lab
問い合わせ先
電話:03-6427-9470
e-mail:info@nrl-lab.net

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