オンライン学習で教育が変わる? EdTechと未来の学校
新型コロナウイルスの感染拡大による学校休校を機に、学校が閉鎖された場合にも子どもの学びを保障することができる仕組みを作るべきであるという声が上がっている。
そのような中、脚光を浴びているのがEdTech(エドテック)と呼ばれる分野である。EdTechは、「教育におけるテクノロジーの活用」を指し、昨今スタートアップをはじめとする多数の企業がEdTechのサービスを展開している。臨時休校措置が発表された2月、複数の企業がオンライン教育サービスを無償で提供するというニュースが話題を呼んだが、それらはEdTechに含まれる。
本記事では、EdTechの事例を紹介し、昨今議論が進む「新しい教育」の特徴を整理したうえで、未来にどのような教育が実現するか、また、どのような教育構想が必要となるかについて考察する。
EdTechサービス事例
以下、分野別にEdTechの8つの事例を紹介する。学習者の理解度に合わせて学習内容やレベルを調節する「アダプティブラーニング」、タブレットを使った授業を支援するアプリなど、子どもの学習を支援するものから、教員の業務の負担を軽減するものまで、多様なサービスがある。
アダプティブラーニング
すらら(株式会社すららネット)
動画・ゲーム・問題集を組み合わせた教材を使って、ゲーム感覚で学ぶことができる。学習者のレベルに合わせたオーダーメイド出題と無学年学習システムで、一人一人に合ったペースで学習できる。
https://surala.jp/
Classi(Classi株式会社)
学習支援プラットフォームを提供。アダプティブラーニング機能では、ひとり一人の学力やWebテストの結果に合ったレベルの動画・問題コンテンツで学習できる。
https://classi.jp/about/
キュビナ(株式会社COMPASS)
AIが子どもの得意・不得意を分析し、個人に合った問題を自動的に出題するAI型タブレット教材。管理システムが、子どもが取り組んでいる問題、解答時間、正答率などの学習データを収集・分析する。先生が問題を作成することも可能。
https://qubena.com/
ロボットの活用
LOVOT(らぼっと)(GROOVE X 株式会社)
まるで「家族」のように生活に溶け込む家庭用ロボット。動物のような見た目で、体温を持っているかのように温かい。名前を呼ぶと近づいてきたり、抱っこをせがむように両手をパタパタさせたりする。子どもたちとLOVOTとの触れ合いを通して教育分野における用途を探る「LOVOT EdTech プロジェクト」を実施している。
https://lovot.life/edtech/
VR、ARの活用
Smart Tutor(米国PlusOne)
VRとAIを利用した英会話トレーニングソフト。VR空間でヒューマン・ホログラムと英会話をすると、AIがユーザーのスピーチを評価してスコア化する。
https://www.plusone.space/
授業支援、授業改善
MetaMoJi ClassRoom(株式会社MetaMoJi)
リアルタイム授業支援アプリ。一人ひとりの学習状況をモニタリングし、個別にアドバイスしたり、グループで画面共有・同時編集などができる。
http://product.metamoji.com/education/classroom.html
採点支援、自動化
テスト採点支援ソリューション(NEC)
テスト用紙をスキャニングしてパソコン上で採点し、結果をデータ化するサービス。問題ごとの正答率や合計点も確認できる。
https://jpn.nec.com/printer/laser/solution/workstyle/saiten/
試験監督の無人化
オンライン試験監督プラットフォーム(アメリカ Examity)
試験開始前の個人の身元確認や、テスト中の監督を自動で行うサービス。
https://examity.com/
「新しい教育」の3要素
昨今、EdTechの他にも、これまでとは異なる「新しい教育」が複数議論されている。例えば、「AIが人間の仕事を奪う社会にも対応できる教育とはどのようなものか」といった課題が提起され、学校教育改革に関して、「STEAM教育」、「アクティブラーニング」といった新しい教育の用語を耳にすることも増えた。なお、教育に関する議論の歴史から考えると、EdTech以外の上記のような「新しい教育」は実は新しくないといえる。明治時代以来、教育改革については一斉授業で教員から子どもへ知識を一方的に注入する「系統学習」と、自発性や活動を重視する「経験学習」という2つの学習法が対比されて議論されてきた。「アクティブラーニング」を始めとする昨今の「新しい教育」議論は、「系統学習 vs 経験学習」というこれまでのの議論の焼き直しであると解釈できるためだ。(詳しくは、関連記事「教育の歴史からみるSTEAM教育、アクティブラーニング…「新しい教育」は新しくない」)
一方、EdTechはこれまで教育に活用されてこなかったテクノロジーを導入するという点で、21世紀の「新しい教育」に独特の要素であると考えることができる。
このことを踏まえると、昨今の「新しい教育」は以下の3つの動きに整理できると考えられる。
① 新しい学習法・教授法を取り入れる動き
「アクティブラーニング」「アダプティブラーニング」といった近年新たに注目されるようになった学習法・教授法が、学校教育などに取り入れられている。アクティブラーニングの導入は経験学習を重視する動きで、アダプティブラーニングの導入は系統学習をより効率的に行うことを目指す施策であるといえる。
② IT分野など新しい分野の知識の習得を重視する動き
小学校でのプログラミング教育の開始を始めとして、STEAM教育が学校教育に導入されている。これは、①で挙げた学習法の刷新とは異なり、新たな時代に需要があると考えられる知識の習得を重視する動きであるといえる。
③ テクノロジーを活用して効率化を図る動き(EdTech)
採点支援ツールや自動の試験監督システムなど、学習過程に直接は関わらないEdTechサービスの導入は、学習法や学習内容に関わらず発生する作業を、テクノロジーで効率化しようとしているといえる。
①②は補完し合いながら社会の変化に対応する教育を実現しようとしており、③がその動きを後押ししているといえる。これらの取り組みは、教育政策においても推進され、今後もしばらくは同様のトレンドが続くと考えられる。その結果、未来にはどのような教育が実現するだろうか。
EdTech、「新しい教育」の先にある教育
ポジティブな未来:一人ひとりに合った効率的・効果的な学習の実現
アダプティブラーニングの普及(①)やテクノロジー(EdTech)を活用した作業の効率化(③)によって、「詰め込み教育vs経験学習」という対立が解消され、無理なく両立できるようになる可能性がある。これまでは詰め込み教育と呼ばれる「系統学習」と、経験を重視する「経験学習」の効果はトレードオフの関係にあるとされてきた。最新の学習指導要領はその両立を目指しているように見えるが、教師や児童・生徒の負担が大きくなるといった懸念の声が上がっている。
しかし、EdTechなどのテクノロジーを用いて系統的な学習を効率化できれば、教員による子ども一人ひとりへのきめ細やかな対応が可能になり、経験学習が十分に効果を発揮できる。そうなれば、未来の学校では一斉授業形式がなくなるかもしれない。教科知識は一人ひとりが自分に合ったスピードと方法で個別に学び、他の時間はグループ活動や体験活動を行うため一か所に集まる必要がなく、子どもたちがばらばらに過ごす光景が一般的になるかもしれない。
加えて、VR・ARやロボット、AIなど、最新のテクノロジーが子どもの学習を支える重要な役割を果たすようになることも考えられる。
ネガティブな未来:教育格差の拡大
EdTechなどのテクノロジーを活用した新しい学習法(①)や効率化を図るためのサービス(③)を利用するには、金銭的投資が必要である。しかし、学校にそれらを導入する場合、自治体によって学校運営に充てられる予算は異なるため、潤沢な教育予算がある地域の学校では最新の学習法が利用でき、高齢化が進み税収が少ない地域では利用できないといった、学校間の環境の差が生まれる可能性がある。また、どれだけ教育にお金をかけられるかは、家庭によって異なる。そのため、塾や習い事といった学校以外の教育の場での学習において、裕福な家庭とそうでない家庭の子どもが置かれる環境に差がつくかもしれない。その結果、地域や家庭の経済力による学力格差が拡大する可能性が考えられる。
実際に、新型コロナウイルスの流行によって学校が閉鎖されている状況において、オンライン学習にアクセスできる環境にいる子どもと、そうでない子どもとの学力格差が広がるという問題が提起されている。
このように、EdTechが普及することによって、これまでの課題を克服して全く新しい形の学びを普及させられるという期待がある一方で、学力格差など既存の課題を拡大させる可能性もある。
変化の激しい社会を生き抜くために
関連記事「教育の歴史からみるSTEAM教育、アクティブラーニング…「新しい教育」は新しくない」で紹介しているが、「変化の大きい社会に対応するために新しい教育が必要である」という議論は、約30年にわたって繰り返されてきた。近年の「新しい教育」議論に、EdTechの他に新しい要素があるとすれば、社会の変化がこれまで以上に激しくなっていく点であると考えられる。
2020年に生まれた子どもたちが大人として生きる2040年代には、世界人口の高齢化は「人類史上前例のないもの」となる。そのような世界で、新型コロナウイルスのような未知の感染症の世界的流行は繰り返されるであろうし、地球温暖化による異常気象も頻繁に起こる。日本でも、未曽有の少子高齢化、豪雨災害の頻発、大地震の発生などが予測され、現在の子どもたちが未来に生きる社会は、現在よりもさらに変化が激しい社会であるといえる。
そのような社会で生き抜く力を育むためには、教育をこれまでとは異なる発想で構想していく必要があるだろう。変化が激しい時代においては、企業の戦略について未来のあるべき姿を起点とし中長期的に考える必要がある(関連「FPRCとは」)が、教育についても同様である。目の前の変化にその都度対応するのではなく、未来にあるべき社会のあり方を想定したうえで必要な教育を逆算する考え方が重要になってくる。新型コロナウイルスの流行で社会全体が不可逆な変化に直面しており(関連記事「不可逆なアフターコロナ時代の視座“TFMD”」)、教育制度もこれを機に大きく変化するだろう。今回の事態を切り抜けることを目的とするだけでなく、どのような教育が未来の社会にとって必要であるかを柔軟に考える契機とする必要がある。
Muto
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