前編では、AIによって「正解」が量産される時代に、未来をどう考えるのかを、藤元健太郎の「超江戸社会」と安川新一郎氏の「未来思考」から考えました。
その中で浮かび上がったのが、「過去を振り返った分だけ、未来が見える」という時間軸の視点です。
では、その先に企業は何をつくるのでしょうか。
第10回FPRCフォーラムの後半では、藤元と安川氏に加え、創業200年を超える榮太樓總本鋪代表の細田将己氏、電通総研シニアコンサルタントの奥野洋子氏が登壇し、パネルディスカッションが行われました。ファシリテーターを務めたのは、D4DRの川上泰央です。
ここから議論は、「未来をどう考えるか」から、「人間と企業は何を価値にするのか」へと移っていきました。
「ハレ」と「ケ」の価値構造
まず重要な視点となったのが、日本文化に根付く「ハレ」と「ケ」の再解釈です。「ケ」は、日々繰り返される生活や仕事などの日常。一方、「ハレ」は、祭りや祝い事など、日常から離れた特別な時間を指します。
この二つをAI時代に重ねてみると、興味深い構図が浮かびます。
・「ケ」の領域(効率・最適化・定型): 定型業務、情報整理、分析、生産など。これらはAIや自動化技術で徹底的に効率化される
・「ハレ」の領域(体験・関係性・感動):人との交流、感動、食の楽しみ、文化、自己表現、熱狂など。これらはAIが進化しても、効率性だけでは生み出せない
だからこそ、AIが「ケ」を担うほど、人間がつくる「ハレ」の価値が重要になります。
200年以上の時間を生きる企業、榮太樓總本鋪
この「ハレ」と「ケ」を企業経営の現場から考える実践例を、榮太樓總本鋪代表の細田将己氏が語りました。
榮太樓總本鋪の創業は1818年。200年以上にわたって商いを続け、日本橋との関係を築いてきた老舗企業です。
榮太樓にとって日本橋は、単なる店舗の所在地ではありません。長い時間をかけて商いを営み、人との関係を築き、文化を育ててきた「場」そのものです。
そして現在、細田氏は榮太樓總本鋪の経営を担うと同時に、日本橋一丁目1・2番地区の再開発にも関わっています。
ここに、今回のフォーラムの「時間軸」というテーマが重なります。
江戸の先人が日本橋に店を構え、そののれんを代々受け継ぎ、現在の細田氏が未来の日本橋づくりに関わる。これは、単に「伝統を守る」という活動ではありません。
受け継いだものを、未来の環境の中でもう一度生かす。過去を保存するのではなく、未来へ向けて更新する。そこに、長く続く企業の「のれん」の意味があります。
榮太樓は自らを「日本橋の菓子屋」と位置づけ、「のれんを磨き上げ、時代に合わせて輝かせる」「温故知新」という姿勢を掲げています。200年以上の時間を持つ企業だからこそ、「今」だけを見て経営するのではなく、過去から未来までを一つの時間として捉える動的な経営思想が重要なのかもしれません。

「ケ」を効率化し、「ハレ」に投資する
AIによって「ケ」が効率化されれば、日常の仕事や生活にかかる時間は減っていき、余白の時間が生まれます。
その時間を何に使うのか? さらなる効率追求か、あるいは人と会い、街を歩き、文化に触れ、食を楽しみ、新しい体験をする「ハレ」への投資か。
これからの企業には、「ケ」を効率化するだけでなく、「ハレ」を設計する力が求められるのではないでしょうか。
・商品を売るだけでなく、体験をつくる
・サービスを提供するだけでなく、コミュニティをつくる
・場所を提供するだけでなく、人が集まりたくなる意味をつくる
そう考えると、細田氏による日本橋という「街」そのものへの投資も、単なる再開発の話だけではありません。
街を再生することで、人が集まり、文化が生まれ、新しい交流が生まれる。
そして、その場所に新しい価値が積み重なっていく。
それは、未来の「ハレ」をつくるための投資とも捉えられます。
安川氏が示す、未来を「思考する」ということ
ここで、安川氏の「未来思考」という視点も重なります。
未来を予測するだけなら、AIはますます強くなるでしょう。
しかし、企業に必要なのは、「何が起きるか」を当てることだけではありません。「何を実現したいのか」を考えることです。
「どんな街をつくりたいのか」「どんな暮らしを残したいのか」「どんな文化を次の世代に渡したいのか」「どんな時間を人間に取り戻したいのか」。
未来を、予測する対象から構想する対象へと捉え直す。そこでも、前編で提示された「時間軸」が重要になります。
奥野氏が示す「未来を組織に実装する」という視点
一方で、どれだけ魅力的な未来像を描いても、人が動かなければ企業は変わりません。未来の価値を考え、それを実際の企業活動へ落とし込む。そのためには、既存の組織、人材、制度、意思決定の仕組みを変えていく必要があります。
そこで重要になるのが、奥野洋子氏の視点です。奥野氏は、数々の企業変革を最前線で支援してきた立場から語ります。
未来をつくるのは、最終的には「人」です。だからこそ、未来を実装するには、「なぜ、それをするのか」を組織の中で共有する必要があります。
未来像に意味を与え、人を動かし、行動につなげる。ここに、未来構想と組織変革をつなぐ重要な接点があります。
4人の視点が交差すると、一つの未来像が見えてくる
パネリスト4人の視点を統合すると、価値創造のプロセスが見えてきます。
・安川氏:未来を思考する。未来予測だけではなく、歴史や構造を踏まえ、これからの未来をどう構想するのかを考える。
・藤元:過去から人間の価値を問い直す。江戸という過去を鏡にして、現代社会では見えにくくなった「豊かさ」を捉え直す。そして「ハレ/ケ」から、AI時代に人間が担う価値を考える。
・細田氏:未来に価値を投資する。200年以上続いてきた商いを次の時代につなぐために、日本橋という「場」の未来に関わる。
・奥野氏:未来を組織に実装する。未来像を、人の意識や行動、組織の変化へとつなげていく。
つまり、
未来を思考する。
過去から問い直す。
未来に投資する。
社会や組織に実装する。
この4つが重なったとき、AI時代の価値創造が見えてきます。

「意味」は、これからの企業価値になる
AIによって、「正解」が安くなる。そうなったとき、企業が競争する場所はどこにあるのでしょうか。
それは、「なぜ、それが欲しいのか」という領域なのかもしれません。
なぜ、この商品が好きなのか。
なぜ、この店に行きたいのか。
なぜ、この街に住みたいのか。
なぜ、このコミュニティに参加したいのか。
なぜ、この文化を次の世代に残したいのか。
そこには、機能や価格だけでは説明できない「意味」があります。
時間を使い、お金を払い、誰かに伝え、誰かを応援し、そして、熱狂する。
そのとき、人は「機能」だけではなく、その背後にある意味にも価値を感じています。その情緒的で主観的な価値が、AI時代の「意味のマネタイズ」につながっていくのではないでしょうか。
「超江戸サロン」が示した、効率化できない価値
フォーラムの最後には、「超江戸サロン」が開催され、榮太樓總本鋪の伝統の味をその場で焼き上げる「金つば屋台」が設置され、参加者がお菓子を囲んで語り合いました。
そこにあったのは、効率的な情報交換だけではありませんでした。
居合わせた者同士の予期せぬ「出会いと縁」、五感を通じた「他愛もない雑談」、目的を定めない余白から湧き上がる「共感とアイデア」。
一見すると、極めて「非効率」な時間です。しかし、だからこそ代えがたい価値が宿ります。
「何も生産していないように見える」ゆらぎの時間からこそ、新しい意味や熱狂が生まれることがあります。「超江戸サロン」は、今回のフォーラムで語られた思想を、参加者自身が体験する場でもありました。


2045年、企業は何を提供するのか
あらゆる技術が生活のあらゆる場面に溶け込む2045年、企業が提供すべき価値は大きく変貌します。
・「モノ」の販売から「体験」の提供へ
・「機能」の提供から「意味」の共創へ
・「効率」の追求から「人間の時間を豊かにする」活動へ
これは二者択一ではなく、シナジーの関係です。AIで「ケ」を効率化し、人間の時間を解放する。そして生まれた余白を使い、「ハレ」をつくる。そこに新しい「豊かさのサイクル」が回り始めます。
AIによる「正解」の量産は、人間の価値を奪う脅威だけではありません。人間が何を価値とするのかを、もう一度問い直す機会でもあります。
未来を決めるのは、アルゴリズムではなく、人間が何を豊かだと思い、何を残したいと思い、何に心を動かされるのか。それを決めることから、未来の価値創造が始まります。
そしてそのヒントは、過去を振り返り、現在を見つめることで見えてきます。
「私たちは、未来に何を残したいのか」
第10回FPRCフォーラムが投げかけたのは、そんな2045年への問いでした。
効率と豊かさを対立させる必要はありません。
そして、「超江戸社会」は、その未来を考えるための一つの思考の起点です。
未来を考えるために、過去を見る。
過去を振り返った時間だけ、未来が見える。
AIが「ケ」を担う時代、人間は「ハレ」を設計し、それを心から享受する。
その「ハレ」の中に、人間が未来へ残したい「意味」があります。




