AIが「正解」を量産する時代の根源的な問い
2026年7月17日、D4DRのシンクタンク部門FPRC(Future Perspective Research Center)は、第10回となる「FPRCフォーラム」を開催しました。
テーマは、「未来思考2045:危機と分断を超え、『超江戸』の熱狂を呼び覚ませ」です。
AI革命、地政学的な再編、エネルギー転換。社会を取り巻く変化が複雑化する一方、生成AIによって、情報収集、分析、企画、コンテンツ制作など、これまで人間が担ってきた知的作業の多くが急速に効率化されています。
誰もが、これまで以上に簡単に「正解」にアクセスできる時代。
では、AIによって「正解」が量産される時代に、人間と企業は何を価値にすればよいのでしょうか? 人は何に本質的な価値を感じ、お金と時間を払い、熱狂するのか?
この問いに対し、本フォーラムでは「未来」ではなく、あえて「過去」である「江戸」へ視線を向けました。
一見すると、AIと江戸は正反対の存在に見えます。しかし、過去を振り返る時間軸の長さこそが、遠い未来を構想する「未来思考の鏡」となります。そこに、FPRCの提唱する「超江戸社会」の本質があります。
藤元健太郎が問いかけた「なぜ、江戸なのか」
フォーラムの冒頭に登壇したのは、D4DR代表取締役でFPRCの主席研究員を務める藤元健太郎です。
セッションテーマは、「AI時代、ビジネスはなぜ『江戸』に還るのか?」。
AI時代の未来を考えるフォーラムで、なぜ江戸なのか。この問いそのものが、今回の議論の入口でした。
FPRCでは以前から、「超江戸社会」という未来仮説を提唱してきました。しかしこれは、江戸時代に戻ろうという話ではありません。江戸の町人文化や社会のあり方を振り返り、現代のテクノロジーと組み合わせることで、未来社会のヒントを探ろうという発想です。
江戸には、現代の「効率」という尺度だけでは測りにくい価値がありました。
・食や大衆娯楽(芝居・落語など)を楽しむこと
・金魚や朝顔の栽培など、趣味にこだわること
・職人の細やかな技術を愛でること
・地域でゆるやかにつながり、助け合うこと
・祭りや年中行事に熱狂すること
そこには、便利さや生産性とは別の、人間が「楽しい」「面白い」「好きだ」と感じる豊かさがありました。
一方で、江戸は理想郷というわけではなく、不便や衛生面の問題などもありました。そこで、江戸にはなかった現代のテクノロジーを使ってそういった課題を解消し、当時の「人間らしい豊かさ」を再構成する。それが「超江戸社会」の思想です。
重要なのは、江戸を模倣するのではなく「現在を映し出す鏡」とすることです。
「私たちは、本当は何を豊かだと思っているのか?」
つまり、過去をそのまま復活させるのではなく、過去を問い直して未来をつくることが、「超江戸社会」を未来の思考材料とする意味なのです。
AIによって「正解」の価値が変わる
これまでの企業競争では、「より速く、より安く、より正確に」が重要な価値でした。
ところが、その「効率」と「最適化」を追求することで競争力を高めるという前提が、生成AIによって変わり始めています。
文章を書く、情報を整理する、データを分析する、アイデアを出す、企画をつくる……こうした知的作業を、AIが高速かつ低コストで支援できるようになりました。
つまり、これまで価値の源泉だった「答えを出す能力」の希少性が下がっていく。誰もが、それらしい答えを手に入れられるようになれば、単純に「正しくつくる」だけでは差別化が難しくなります。
そこで浮かび上がるのが、「正解の先に、何を価値にするのか」という問いです。
D4DRが今回のフォーラムで投げかけたのは、まさにこの問いでした。
「効率の先に、人は何に価値を感じ、何に熱狂するのか?」
安川新一郎氏が示した「未来予測」から「未来思考」へ
続いて登壇したのが、安川新一郎氏です。安川氏はソフトバンク時代に孫正義氏の未来構想を支えた経験を持ち、2026年4月には著書『未来思考2045 危機と分断、そしてAIは世界をどのように変えるのか?』を刊行しました。
安川氏が示した重要な視点が、「未来予測」と「未来思考」の違いです。
・未来予測(Forecast):客観データから「次に何が起こるか」を論理的・受動的に予測することであり、過去のパターンから確率的に正解を導くAIの得意領域
・未来思考(Foresight):歴史や文明の変化を捉え、「どんな未来をつくりたいか」というビジョンを能動的に構想する意志の力
AIが蓄積されたデータから、蓋然性の高い答えを導くことにますます長けていくほど、人間には、その先を考える力が求められます。
「まだデータになっていないものを、どう考えるのか」「変化の兆しを、どう捉えるのか」そして、「どんな未来をつくりたいのか」。
単に予測するのではなく、未来を考え、そこから現在の選択を変えていく。それが「未来思考」というアプローチです。

なぜ未来を見るために、過去を見るのか
藤元の「超江戸社会」と、安川氏の「未来思考」を重ねると、共通するものが浮かび上がります。
それは、「時間軸」です。
未来を考えるとき、私たちはつい「これから何が起きるのか」に目を向けます。しかし、本当に長期の未来を考えるためには、未来だけを見ていては足りません。
過去をどこまで振り返ることができるか。その時間軸の長さが、未来を見る視野の広さにつながります。
10年後を考えるなら、10年前を見る。
50年後を考えるなら、50年前を見る。
100年後を考えるなら、100年前を見る。
遠い未来を考えるほど、人間や社会が長い時間の中で、何を変え、何を変えなかったのかという過去を振り返ることが必要です。
「江戸」と「未来思考」がつながるところ
今回のフォーラムを貫くもう一つの重要な視点は「目の前のトレンドだけで未来を考えない」ということです。
未来を見る。過去を見る。そして、その両方をつないだ長い時間軸の中で、人間と社会の変化を考える。
AIが「これまで」のデータをもとに、ますます高度な答えを出すようになるほど、人間は「これから」を構想する必要があります。
そのためには、未来だけではなく、過去まで視野を広げることが重要になる。
江戸を見ることは、未来を予測するためではありません。
未来において、人間が何を大切にしたいのかを考えるためです。
AIが「ケ」を担うとき、人間は何を担うのか
前編で見えてきたのは、未来を考えるためには、未来だけを見ていてはいけないということです。
江戸まで時間軸を伸ばすことで、私たちは現代社会の中で見えにくくなった「豊かさ」を問い直すことができます。
定型的な業務、情報整理、分析、生産、移動といった「ケ」と呼べる日常の領域を、AIやロボットが担うようになり、日常の仕事や生活が効率化されていく。
では、そのとき、人間は何を担うのか。
人が集まり、楽しみ、驚き、感動し、誰かとつながり、自分らしさを表現し、そして、熱狂する。こうした「ハレ」の価値を、人間はどうつくっていくのか。
そして、その問いは、「これから企業は、何を価値として提供するのか」という経営課題へとつながっていきます。
後編では、それを「ハレ/ケ」という価値構造から掘り下げ、未来への挑戦や投資を企業・組織に実装するという視点、そして「意味のマネタイズ」へと議論を進めます。




