イーロン・マスクのビジネスチェーン
事業を俯瞰して見えたビジョンと未来戦略

坂野 泰士 FPRC上席研究員
プロフィール


イーロン・マスクは、スペースXを最初に手掛けてから、そのロケットで通信衛星を打ち上げるスターリンクや、BMI(Brain Machine Interface)を開発するニューラリンク、テスラのEV・仮想発電所事業、チューブの中を高速移動するハイパーループ事業などを展開してきた。

本記事ではFPRC上席研究員の坂野が、イーロン・マスクの複数の事業を俯瞰したチャートからの気づきをピックアップして解説する。イーロン・マスクの一連のビジネスの背景には彼の「人類の持続可能性を高める」という目標があり、他との差別化ではない、高い視座からのバックキャスティング思考でいつ何をすべきかというタイムスケジュールを組んで実現に向けて動いていると坂野は指摘する。

俯瞰しなければわからなかった彼のビジョン

イーロン・マスクという名前はだいぶ前から知っていたが、最初はよくあるデジタルビジネスの起業家の一人といった認識だった。10年ほど前にロケットとEV事業の形が見えてきた段階になって「真剣にモノを作る人なんだ」と認識が変わり始めた。さらに4年ほど前に彼の事業の広がりが見えてきた時に、その内容を俯瞰的に整理してみることを始めた。あらためて、彼の多様な事業を見てみると、彼は何かとてつもないことを構想していることが感じられた。その後、伝記やインタビュー、何よりさらに領域を拡げている事業からそのあらましを追っている。俯瞰図を作成してみると、そこには想像以上の関連性とマスクの持つビジョンの拡がりが見えてきた。

ビジョンからディテールに落とすプロセスを統合的に実践している

実現された状態とは少し違うかもしれないが、イーロン・マスクは頭の中で未来の姿をかなり明確に描いている。それはどうやら子供のときからすでに始まっていたようだ。普通のビジョナリーな起業家と異なるのは、その構想への取り組み方だ。通常は資金のある起業家が各分野のエキスパートを集めてチームをつくり、構想を練り事業を立ち上げて具現化するプロセスを歩むことが多いが、マスクはまず自らその構想を作り上げ、かなり詳細な部分や技術的要素まで議論できる状態まで自らを高めてからチームや体制を作ってきた。

スペースXとテスラで発揮した、経営から技術まで領域横断の知識と判断力

スペースXの構想を実現するにあたり、彼はエキスパートとのディスカッションや文献から学び、自らの理解に基づいてその内容を固めていった。その結果、その分野のエキスパートと対等にディスカッションできるレベルまで到達した。だからこそ多くの協力者とその信頼を得て構想を実現化する体制を作り上げることができた。通常の投資家や起業家とは異なる本気度と理解度が人と組織を動かす力となっている。

このプロセスはその後のテスラの事業でも同様で、現場の問題には自ら事務所や工場に泊まり込んで、現場のスタッフとととも課題解決に取り組む現場力も持ち合わせている。また、経営が分野横断の知識をもつことで意思決定の精度と速度が高くなり、また、各分野に閉じがちなエキスパートよりも的確な判断が可能になっている面もあると思われる。

スペースXの商業用ロケットFalcon 9

現実主義のハードネゴシエイター

何度も遭遇した資金面での危機的状態も、実現すべきビジョンに近づくという点では意味のあることと考え、前進することを止めなかった。ただ、契約や資金に関するやりとりではかなりのハードネゴシエイターらしく、あまりよくない評判や反応もメディアやSNS上では散見されている。ただ、これは欧米の経営者ではよくあることなので、その面では彼は普通の経営者でもあるのだろう。ただ、彼個人が自由にできる膨大な資金を得られたことがすべての起点であり、日本では望みにくい大きなスタート台となる事業環境を得ている。

ビジョンからのバックキャスティングと超高速ロードマップ

いつ、どんな状態にすべきなのか?それが明確に描けているのが彼の特徴だ。人類が生き残るためにはより進化する必要がある。その進化の方向性は多惑星型の種族になることであり、そのためには完全に持続可能な移動・エネルギーエコシステムの構築が必要になり、移動手段として、高い経済性と性能を持つロケットが必要となる。といった論理展開をベースに、その実現に向けて、かなり高速のロードマップを描いている。

計画のこれまでの実現速度を見ると、当初に提示したものより遅れることもかなり多いのだが、まずは無理そうな計画を立て、その構想に合わせて事を進めている。バックキャスティングアプローチならではの超高速の進捗は、積み上げ型・現状の延長型の事業体とは大きな差を生んでいる。超高速化には領域横断で素早意思決定が寄与していることはもちろんだ。

イーロン・マスクのビジョンは社会全体及んでいる

すでに私たちに見えている彼のビジョンの範疇に含まれる領域はかなり多い。ロケット、EV、自動・自律運行システム、高速交通手段、地下の交通路掘削システム、充電ステーション、ソーラーパネル、高性能空調システム、家庭用蓄電池、産業用蓄電池、衛星を使った高速通信システム、BMI(Brain Machine Interface:マシンと人の非操作I/F)等々、その領域はどんどん拡張している。

最近もTwitterの買収騒動で世の中を騒がせたことから推測するに、新しい世論形成や社会の合意形成のあり方も、彼のビジョンの中の一要素なのだろう。そこに費やそうとしていた資金量からみても、それはかなり重要性の高いことだと思っているはずだ。現在のTwitterは彼にとって広報やマーケティングの手段でもあり、それにより彼の事業体各社の広報やマーケティング機能はかなり縮小されている。必要なことを直接・早く伝え、その反応を得る、クイックで速度のあるやりとりがが彼の流儀である。その意味でTwitterをアレンジしたようなメディアのあり方が彼のイメージするものなのだろうか。火星でのコロニーで人が暮らすことをイメージしている彼にとって、そこでの生活の仕方や社会の保ち方についても彼は考えているのかもしれない。

旧来の慣習から自由な事業展開

スペースXのロケット事業、テスラのEV事業いずれにおいても、彼は従来の事業者とは全く異なるアプローチで進んでいる。ビジョンに向けて最適・最短で最も効率的な道を歩もうとしているのである。構造も製造方法も制御技術も販売方法も全てをゼロベースで最適化しようとしている。その結果、既存の事業者からみると、破壊的な価格と性能を持つプロダクツや事業となっている。これまでの市場秩序や商慣習にとらわれないためその強みは際立っている。結果、その事業の成長により、既存市場を意図せず破壊することが多く起こってくるだろう。

差別化とは別次元の未来戦略が既存市場を破壊する

新しい社会を作ろうとしている以上、そこには差別化したい競合は存在しない。新しい理想やビジョンにしたがって構想し、計画し、超高速で具体化する。相手の出方を評価し、計画する差別化戦略を採る企業とはその速度も内容も大きく異なるのは当然だ。既存の企業と全く異なる視座に立つことで、結果的に圧倒的な差別性を獲得している。

彼の事業の新たな価値提案とテクノロジーの進化が結びついて急激に市場が変わるタイミングで、既存ビジネスや市場の多くが破壊的な影響を受ける可能性がある。影響を受ける市場はエネルギー、住宅設備、モビリティ、通信・データマネジメント、リテールなど多岐にわたる。

今回はスタディからの気づきについてまとめてみた。他にもいくつかのチャートや資料を準備しているのでご興味があれば、直接お会いする機会をいただき、詳細の説明と議論する時間をいただければ幸いだ。


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坂野 泰士

D4DR FPRC(フューチャーパースペクティブ・リサーチセンター) 上席研究員

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