さらなるオープンなIoT社会への処方箋 / 越塚 登 教授(東京大学大学院 情報学環)

第1回のコマースリンク株式会社・永山淑子社長インタビューが好評だった「キーパーソンに訊く!」。連載第2回は、東京大学大学院情報学環の越塚登教授にご登場いただきました。

インターネットのビジネス化がスタートしてまもなく25年。いよいよリアルな我々の生活空間そのもののインターネット化が進んでいきます。そのキーワードであるIoTがまだユビキタスコンピューティングと呼ばれていた頃からアカデミックの先頭で牽引してきた、藤元と同世代(どころか同級生!)の越塚教授に、日本のIoTの現状と、そこから垣間見える本質的な社会課題を語っていただきます。

世の中いろいろIoT、だけど

藤元:IoTは、ビジネスの世界ではバズワードですが、我々はユビキタスの頃から関わっていて、わりと冷静に見られます。まずは越塚先生から現状のIoTについて、お話しいただけますでしょうか。

越塚:IoTは新しい面もありますが、研究的にはユビキタスの時代、30年前からやっていることと、変わってない面もあります。

センサーやアクチュエータがネットにつながり、センサーや外から持ってきたデータに何らかの処理を加え、実世界や人間が活用できるようにする。そういうことをIoTと呼ぶのであれば、世の中には多くのIoTがあります。

たとえば、地震の予知や検知は世界最高のIoTシステムだと思いますが、普通これをIoTとは言ってくれません。HEMS(Home Energy Management System)もIoTとは言いません。それから私も取り組んでいる鉄道関連システムでも、電車の制御システムや信号システムもよくできたIoTですが、これもIoTと表現しません。IoTでうまく儲かっているところは、なかなかIoTと言ってくれないのです(笑)。

最近はどこに行っても、「IoTって儲かるの?」と言われるのですが、いろいろな人が「儲からない」と言う。これは困ってしまいます。そこで今は、IoTとして新しい「儲かる」エリアをどれだけ開拓するかが、テーマの一つだと考えています。

 

越塚 登:1985年筑波大学附属高等学校卒業、1994年東京大学大学院理学系研究科 情報科学専攻 博士課程修了、博士(理学)。東京工業大学理学部情報科学科・助手、東京大学大学院人文社会系研究科・
助教授、同情報基盤センター・助教授、同大学院情報学環・助教授などを経て、2009年9月より東京大学ユビキタス情報社会基盤研究センター教授(現職)。2015年4月、総合分析情報学コース長。

ユビキタスとIoTの違い

越塚:このようにIoTには、そう表現していないものも含めていろいろあるのですが、ユビキタスとIoTは区別したい。

ユビキタスと言っていた頃は、通信インフラがオープンではありませんでした。インターネットはその頃もありましたが、アーキテクチャ的には縦割りが多かった。まだプレイヤーも少なかったので、ITベンダー系が標準化するだろうと思っていました。

ところがIoTの時代になると、標準化団体もプラットフォームも山のようにでき、誰もイニシアチブを取れずにいます。いかにオープンにデータを流通させ、どういうビジネスモデルを成り立たせるのかが、見えてきません。業界ごとには、比較的小さなプラットフォームでの標準化はできるでしょう。しかし、さまざまな分野にまたがる、IoT全体の共通プラットフォームはなかなか難しい。ここがユビキタスとIoTの大きな違いだと思います。

個人情報保護やデータの保護は、クローズドな組織の中で整備する場合は問題ありませんが、オープンな環境で整備するには、社会の仕組みを作りながら進めないとできません。世界中の開発競争になっているところに、日本もいかに参入して、社会全体としてビジネスモデルを成り立つようなかたちにしていくかが、IoT時代の今、いちばん重要なところなのではないでしょうか。

どれだけ流通させるか

藤元:経済の世界で、お金の流通をマネーサプライと言いますよね。情報もどれだけ流通しているかが重要ではないでしょうか。

日本は、情報流通を妨げる要素が多い。越塚先生もご指摘のとおり、どのようにしたら詰まっているところを流せるようになるかが、今いちばん考えなければいけないポイントです。

たとえば、Googleマップが誰でも使えるようになったことで、そのあとに作れているビジネスはいっぱいあります。

越塚:データを流通させてオープンインフラでやっていくビジネスの明らかな成功例が、広告モデルです。情報だけでなく、いろいろなリソースの共有を支援するシェアビジネスも出てきました。国がビジネス化を推進する環境を整備して、産業界がこうしたビジネスモデルをどれだけ開発できるかが課題です。

一方で、情報を流通させていく力はヨーロッパよりは、むしろアメリカが非常に強い。そのためヨーロッパでは、域外へのデータの持ち出しに関して規制をかけようという動きもあります。日本としては、ヨーロッパと足並みをそろえたほうがいいのではないかと思ったりもします。この辺のグランドデザインがけっこう重要な鍵になります。

藤元:社会のアーキテクチャそのものが変わってきているから、コンピューターアーキテクチャ的な思想、プロトコルモデルなどを学んだ人のほうが、そのような設計をすることができるでしょう。

 

藤元 健太郎:1985年筑波大学附属高等学校卒業、1991年電気通信大学情報数理工学科卒業後、野村総合研究所入社。1999年5月、株式会社フロントライン・ドット・ジェーピー代表取締役に就任。 2002年
6月、D4DR(ディー・フォー・ディー・アール)株式会社代表取締役に就任。日経MJ「奔流eビジネス」連載中。


政策、制度、全面戦争

藤元:VICSや総務省、国土交通省、警察などは、道路にセンサーを埋め込もうというアプローチをずっとしています。しかし、テクノロジーの発達で、自動車にセンサーを付けたほうがコストは安い。発展途上国はインフラ整備にお金を掛けられないから、動くもののほうにセンサーを付けて制御したほうがいいという議論もあります。先生の立場からすると、いかがでしょうか。

越塚:技術とコストの問題ではなくて、政策の問題だと思っています。日本という国として、インフラ側、国ベースでやっていくか、それとも車側、民間ベースでやっていくか、どちらからアプローチしたほうがいいか。トップダウンでできるシンガポールなどと日本とは状況が異なるので、民間で個別にできることはボトムアップでやったほうが、整備が進むような気がします。

藤元:中国はQRコードのペイメントがどんどん進んで、クレジットカードよりもスマホ決済が普及しています。銀聯カードも途中まではよかったのですが、今は完全にWeChat paymentやAlipayに流れています。こういうダイナミズムは、日本では、難しいのでしょうか。

越塚:ITやIoTはテクノロジーだけではなく、マインドや社会制度の問題に行き着きます。

今までのITは、それこそ昔の日本の計算機産業で言えば、計算機というモノを作って、モノを売っていればよかったので、社会を変える必要もありませんでした。今、IoTを広げようと思ったら、制度も作らなければならない、法律も変えなければならない。全面戦争です。それに勝っていかなければならない。私自身も、計算機を作っていればよかったはずなのに、制度のことなどをやらなければいけない(笑)。でも、そこが本質だと思って、取り組み始めています。

藤元:オペレーティング・システム(OS)を設計するような人が社会のアーキテクチャを拡張しているような感じですよね。

OSの社会化

越塚:最近、「情報銀行」や「PDS(Personal Data Store)」、「データ取引市場」など、個人情報に関する話題が注目されています。他者に預託する情報銀行や、ヘルスケアデータや行動履歴などを各個人が自身の意思で管理するPDSは、個人情報を管理するシステムを用意するだけではなく、個人情報保護法も含めた枠組みを考えなくてはいけません。個人情報保護法では、それぞれのサービサーと一つ一つ同意する個別同意と、複数がまとめて同意する包括同意がありますが、この二つの間にはグレーゾーンがあります。

この話をすると、コンピュータの基本ソフトウェアであるOSにおけるMAC(Mandatory Access Control)の議論を思い出します。もともとファイルのアクセスコントロールはDAC(Discretionary Access Control)で、どのユーザーがどれにアクセスできるかというアクセスコントロールフラグを一個一個立てていました。でもこれだと手間がかかるので、1960年代くらいにMACという仕組みが出てくるのです。セキュリティポリシーを書けば、一個一個フラグを立てなくてもいい。

MACの議論と、個人情報の個別同意の議論は、共通している気がします。昔はOSでやっていた議論と同じようなことを、今は社会全体でやる必要があり、法制度も、DACではなくMACを前提として整備する必要があるのではないかと思います。

藤元:OSのBIOSが、社会のBIOSになったということですものね。

越塚:いろいろなものがアルゴリズム化している。そこも面白いですね。

M2Mをはばむもの

藤元:坂村健氏の提唱するTRONが出てきた時から、M2M(Machine to Machine)は大きなテーマだと思います。

扇風機を買ってきたら、エアコンと通信してほしい。うまくエアコンと相談しながら、「俺が風を出しておくから、おまえ弱めていいよ」みたいな感じになってくれると、いいですよね。意外とまだ進んでいないですが、この辺はどのように考えていますか。

越塚:それを実現するための、IoT家電の委員会があり、その主査をしたことがあります。大手ベンダーや家電メーカーの皆さんと議論したときに、IoTの課題は製造物責任でした。

藤元:なるほど、PL法(製造物責任法)ですか。

越塚:そうです。PL法があると、大企業としてはなかなかやりづらい。いまや、M2Mを実現する機能は、どの家電にも入れられます。それを社内の統合システムで連携するのは問題ないですが、オープンにして使わせることは難しいということでした。

PL法では現在、製造者は無過失責任です。品質管理という観点で言えば、工場出荷時に行うテストで想定していない使い方をされるのはありえないのです。

M2Mの実現に向けてメーカーがAPIをオープンにすれば、製品出荷時にあらかじめ想定した機能と違う機能で使われる可能性が出てきます。APIを使うだけなら正規の機能を使うことだから改造ではありません。それで事故が起きると、メーカーは過失がなくても責任を取らないといけなくなります。この状況ではAPIをオープンにするのは難しいですよね。

藤元:それは、どうやったら乗り越えていけるのでしょうか。

越塚:乱暴な言い方はやめたほうがよいですが、たとえば、一定のガイドラインを政府などが示すとか、必要な法改正があれば改正して、そのガイドラインに沿って製品を作れば法的に問われないようにしてはどうでしょうか?

藤元:結局またそういうプラットフォームを海外勢に握られてしまうリスクもあるということでしょうか。ビジネスで儲かったところが勝つという資本主義的な考えで言うと、お客さんを握っているとか、お金を取れているとか、サービスを持っている人が強いですよね。たとえばAmazonは強い。そうするとAmazonが繰り出してくるIoT的なサービスがデファクトになっていくのでしょうか。

越塚:Amazonにしてもある程度業界の範囲があって、その中の標準ですよね。それを超えてAmazonのプラットフォームを別の業界で使うかというと、それはないのではないでしょうか。

藤元:そうすると、業界ごとに、縦割りに分かれていく感じですか。

越塚:分かれてしまうでしょう。しかし、業界をまたいで相互接続したいという要求は、ますます高くなります。だからやはりオープンであることが重要だと思います。標準化できないところで接続しようと思ったら、技術情報をオープンにしてつなぐしかありません。そうするとますますルールをどうするかなど、技術的ではないところのほうが課題になってくるのです。

IoTの可能性あふれる第一次産業

越塚:植物にセンサーを付けてIoT園芸みたいなことをやるのは面白そうなので、少し植物をやろうかと思っています。

藤元:ちょうど今、孫泰蔵さんと一緒に、スタートアップでやっているんですよ。

農地を集約するから土壌が汚染する。農薬も使わなければならないし、F1の種を使わなければならない。農家の人の生活を支える必要があるから、いろいろなものを買わなければならない。消費地に運ぶ輸送で二酸化炭素も出すし、いろいろな無駄も発生する。

そういう構造を変えるには、我々自身が、自分のところで少しずつ野菜を作れるようになればいい。そうしたら、バランスはもう少しよくなって、社会的にいいのではないか。こんな発想で、IoTで野菜作りの環境を支援するプランターを作ろうしています。

越塚先生は、気象データにも取り組まれていますよね。プランターは、気象データを取れるのです。日照のデータを取っているし、気温と土壌の温度も測っています。水分の減り具合から、乾燥度も分かります。湿度や気温の変化で、植物が病気になりやすいタイミングも分かるそうです。しかし、普通の農家は経験と勘に頼っています。

越塚:農家を回ってみると、気象データをほとんど使っていません。国の研究所も同様です。日本の農業は土地が狭いから、単位面積当たりは効率よくやっているのかというと、そうでもありません。

たとえば、日本と、世界一の園芸農業をやっているオランダと比べると、品種によっては、単位面積当たりの収量が4倍くらい違うそうです。これはさすがにうちひしがれますよね。品種からして違うし、ビニールハウスどころではなくてガラスのハウスだし、環境制御の仕方や、気象データの使い方などもまったく違う。だからこの分野は、すごくやりようがあるのではないかと思っています。

失敗を恐れず、トップアーキテクトを育てる

藤元:大学で今の若い人たちを見ていて、期待は持てそうですか。

越塚:期待は持っています。育成する人材の数と、その在り方が問題です。

アメリカと日本を比較すると、MIT工学部は、IT系の人材がだいたい40%です。東京大学の情報系は、1割程度でしょうか。これでいったいどうやって戦うのか。

ただ、少し乱暴に言えば、アメリカは製造業が崩壊してしまっていて、バイオと情報以外は、たぶん理系人材が要らないのです。日本は繊維も、鉄鋼も、機械も、全部残っています。そういうところにも人材が必要ですから、情報系の人材「だけ」を育てればよいという環境ではありません。

またアメリカには、Windowsの最高責任者がいる。Appleに行けば、iOSをやっている人がいる。Androidをやっている人もいる。全体のトップアーキテクトがたくさんいます。日本には、OSもプロセッサーもなくなってしまった。TRONはありますけど(笑)。何もないから、トップアーキテクトがいなくなってしまったのです。

IoTの時代になって、社会全体がIT化されてアルゴリズム化されます。水平分業でやっていれば済む時代は終わって、垂直統合が再び重要になってきています。デバイスからクラウドからネットから、全部知識を持っているトップアーキテクトが求められています。

ガジェットを作るだけなら20代でも活躍できるけど、トップアーキテクトは、ある程度年を取らないと駄目です。40代、50代でトップアーキテクトとして花咲く人を、若い時からどういうふうに継続して育てるのか。

ドワンゴの川上量生さんの本を読んでいたら、ギリギリセーフを狙わず、ギリギリアウトを狙わないといけないと書いてあった。まさにこれだよねと思いました。

ギリギリセーフは、何も壊さないで、うまく隙間を見つけて、進んでいく。ギリギリアウトは、ヨーロッパのように既存のものを緩やかに壊しながら、少しずつ成長する。そのモードに、いかにして日本も入るのか。

学術界は失敗を恐れず、もっと挑戦すべきです。民間企業は失敗したらつぶれてしまいますが、学術界は失敗しても教訓・教材になります。ニッチな隙間を見つけるのではなく、既存のものを壊していくくらいの人材を育成する。それがトップアーキテクトの育成にもつながり、日本のIoTの発展に寄与することにもなるでしょう。

藤元:ようやく、我々の年代が世の中を動かすところに来始めています。ますます越塚先生にはがんばってもらわないといけないですね。

本日はありがとうございました。

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Sho Sato

D4DRアナリスト。Web分析からスマートシティプロジェクトまで幅広い領域に携わる。究極のゆとり世代の一員として働き方改革に取り組んでいる。

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