日本の地方におけるスマートシティと地方創生はどうあるべきか?

Google傘下のSidewalk Labsがスマートシティを手掛けるカナダ・トロント市では、プロジェクト費として5,000万$が投資されているという。トロントはカナダ最大の都市で、人口260万人、都市圏では590万人が暮らす、北米ではニューヨーク、ロサンゼルス、シカゴに次ぐ第四の大都市だ。

そのような大都市では、交通の最適化による混雑の緩和や、物流システムのスマート化、エネルギー使用量からCo2削減や大気汚染・騒音の改善、犯罪発生予測や警察の取り締まり向上、廃棄物(ゴミ)管理の簡易化、膨大な人や自動車、移動を効率化することを命題に、スマートシティ化が推進されている。
しかし、日本において特にスマートシティ化が求められているのは、財政の逼迫や人口減少、高齢化の進行など、課題が明確な地方である。日本の地方におけるスマートシティ化とその未来、地方創生のために必要な事柄を考察したい。

【参考データ】地方において推進が進むスマートシティ:

1. 秋田県仙北市全域

・仙北市では、生産年齢人口が激減しており、高齢化率も41%に達している。若年層の転出を抑えるためには、基幹産業である農業と観光業の生産性向上が必要であり、高齢社会に対応した交通の確保、山間の地域特性に応じた物流の効率化が課題。
・AI・ロボット技術等の最先端技術の導入による基幹産業の市場拡大、産業構造の転換や市民の利便性の確保を図り、グローカル・イノベーションのモデルケースを構築。
2. 茨城県つくば市

・つくば市は、2020年に筑波研究学園都市建設法制定50年を迎え、29の国の研究機関と約2万人の研究者が集積。 高い自家用車依存や道路実延長を背景に自動車事故対策、高齢者の移動制約等に対するモビリティの在り方が課題。
・モビリティイノベーションによる新たな統合型移動サービスの実現 (顔認証による乗降時決済などの新たな社会サービス)、IoT・AI利活用によるデータ連携基盤とユニバーサルインフラの構築により、「安全・安心・使い勝手」のよい最新技術による地域社会サービスを提供。
3. 栃木県宇都宮市

・整備を進めているLRTを軸とした公共交通ネットワークの構築による効果の最大化により、超高齢化・人口減 少社会においても誰もが快適に移動できる環境づくりが課題。また、世界的な観光地を目指し、「大谷地域」の 観光振興が必要。
・分野横断型のプラットフォームと連携した「デジタイルツイン都市モデル」の構築を推進するとともに、最先端 のICTを活用した交通・経済のエリアマネジメントにより、大谷地域観光、モビリティサービス等の課題解決の 取組を推進。

国交省プレスリリースより(令和元年5月31日)

地方が抱える課題を洗い出し、スマートシティの命題を決める

国内の地方が抱える課題は、東京・大阪などの大都市とは異なり、鳥獣被害や、小規模河川や農業用水の管理、道路の損傷具合の把握、過疎地区における市民サービスの維持など、都市部ではあまり問題にならない対象に、多くの費用やマンパワーがかかっており、最適な管理による省人化・効率化が求められる。

スマートシティとひとくくりに言っても、規模や人口、気象や自然由来の環境、地理的な特徴、産業構造などおかれている状況によって、課題や直面する問題は異なる。都市と地方では人口ボリュームや産業構造が異なるし、山地にあるのか、海に面しているのか、雪が多いか、交通インフラが充実しているのかなど、地域特性もそれぞれで、国内の環境は多様性に富む。
また、スマートシティの命題についてもそれぞれで、監視カメラによる治安の維持、電力の安定供給を目的としたもの、大学等の教育機関を街に誘致して教育レベルを飛躍的に高めるもの、太陽光等の再生可能エネルギーのみで生活できるようにするものなど、それぞれ異なっている。
その地域に合致したスマートシティ化を推進するためにも、地域の特徴や課題を洗い出すことが、まずは重要となるだろう。

【参考データ】小規模な地方都市におけるスマートシティの取り組み

1. 埼玉県毛呂山市

 毛呂山町は、首都圏50km圏内に位置しているが、人口減少を見据えた既存産業と公共サービスにICT技術等の積極的な導入を進め、域内循環型経済構造の実現を通じて、自立した自治体経営が求められている。ニュータウンの交通、産業構造の偏重、インフラの維持管理などが課題である。対策としては自動運転バス、デジタルガバメント、積極的なM&Aによる世代交代の推進などが挙げられる。
2. 静岡県熱海市、伊豆市

 これらの地域では人口減少、高齢化の進行が著しく、地元産業の担い手不足、流通・交通サービスの衰退、急峻な地形による脆弱な公共交通網、災害時の交通インフラの分断の懸念等への対応が課題である。
3. 島根県益田市

 働き手・担い手である若者の流出や地域産業の衰退が顕著となり、土砂崩れによる道路寸断や河川増水の監視など社会インフラの維持、増加する耕作放棄地とそれに伴う鳥獣被害等が課題であり、市内に敷設されている光ファイバー網を活用したIoT基幹インフラシステムを構築することにより、監視センサーの活用等によるインフラ維持管理の大幅の効率化等を図り、効果的な防災計画や維持管理計画を構築したり、新技術を活用した新ビジネスの創出や人的交流の拡大を図るなどの対策がなされている。

出典上に同じ

スマートシティ推進のためには、住民の想いに寄り添う

スマートシティの推進に欠かせないものの一つとして、住民のスマートシティに関する理解とポジティブな感情、協力である。別の記事で、会津市のスマートシティの記事にも記載したが、住民理解を進めていくプロセスは、非常に重要だ。

スーパーシティ・スマートシティにおける都市OSと住民参画の可能性

D4DRが企画・運営に携わる「Next Retail Lab」の前回フォーラムで、島根県益田市のサイバースマートシティについての話を聞く機会があった。

<イベント報告>「未来都市は究極の小売流通を実現する サイバースマートシティ益田市の今」(第28回NRLフォーラム)

そこで聞いた話によると、益田市では比較的スマートシティ構想が好意的に受け入れられているという。ITリテラシーの低い高齢者であっても、自分がこの街の負担になりたくないという強い思いを持っており、それが受け入れを後押ししていると考えられるとのこと。
スマートシティ化を成功させる重要なファクターの一つとして、住民の気持ち、強い地元愛に寄り添っていくことは、非常に重要であると考えられる。

地域をより良くするために、住民が主役になれ

スマートシティにおける地方創生は、そこに暮らす人々が主役であることが重要である(国や企業が主役ではなく)。
自分たちが愛する地元をより良いところ、住みやすいところに変えていこうという前向きな気持ちこそが、スマートシティ化を後押しする。よって、スマートシティと地元愛・郷土愛のはぐくみはセットで推進できると、よりスムーズだ。
スマートシティや地方創生と聞くと、私たちはどうしても官の領域であると錯覚し、受け身になってしまいがちだ。そうではなく、スマートシティや地方創生は、民=住民が主役になって、主体的に取り組んでいく姿勢が重要である。

地方創生の鍵を握る?若年層に支持される地方移住やマルチハビテーション

少子高齢化による人口減少やインフラの老朽化、商店街の衰退など地方を取り巻く社会環境は厳しいが、地方を後押しする動きも見られる。近年、若年層の地方移住やマルチハビテーションのライフスタイルが、急速に受け入れられている。この背景には、テクノロジーの進化、社会環境や若年層のマインドの変化が影響していると言えそうだ。

所得の低下と都市物価の高さに苦しむ若年層

若年層に地方移住が受け入れられる要因の一つとして、若年層の所得の低下と都市物価の高さなどの社会的な背景が考えられる。地方は物価も安く、農村地域であれば食料を手に入れることが都市部よりも容易であり、低収入であっても暮らしやすい。


出典:20代・30代の所得分布(平成27年 少子化社会対策白書)より

データを見ると、20代では1997年で最もボリュームのあった300万円~399万円の構成比が近年は減少し、それ以下の所得に分散している傾向が見られる。30代についても同じく、最もボリュームの大きかった500万円~699万円の構成比がそれより下位の所得分類に分散していることが確認できる。
若年層の所得の減少は、生活コスト圧縮への強い動機付けとなるだろう。


出典:小売物価統計調査(構造篇)総務省 2017年版

物価についても、東京都、神奈川県、埼玉県、京都府、兵庫県などの政令市を抱える大都市で物価が高い傾向にあり、内訳を見ても東京都、神奈川県では特に住居費、食費が突出して高いことが分かる。
逆に、宮崎県、鹿児島県、群馬県などの地方は、食費、住居費、光熱費、被服費、教育費などすべてにおいて全国平均を下回っており、低い生活コストで暮らすことが可能だ。

地方と親和性が高い、若年層の価値観

現在の若年層はデジタルネイティブ世代であり、スマートフォンを当たり前に使いこなす人々だ。そのため、情報化が進んだ現代においては、情報や教育等による地域間格差も急速に縮まってきており、地方に暮らすデメリットを感じにくい。

また以前「ミレニアル世代はどんな人?消費動向と価値観を探る」でも述べたが、

ミレニアル世代はどんな人?消費動向と価値観を探る

現在の子育て世代であるミレニアル世代を中心に、エコやオーガニックなどのエシカル消費、スローライフ、スローフード、ロハスなどのライフスタイル、無農薬、地産地消、持続可能な農業など、食に関する新しい価値観が支持されている。

若年層の価値観は金銭的な豊かさから精神的な豊かさにシフトしており、モノが飽和している状況に育ってきていて、物質的・金銭的な豊かさに慣れ、新たな次元の豊かさを追求しているとも言える。
これらのライフスタイルや価値観は、都市部よりも自然環境が良好で、豊かな住環境、時間の流れがゆったりしている地方での暮らしと親和性が高く、若年層に地方移住やマルチハビテーションが支持されているのも頷ける。

また今日は、自分の好きなところに居住し、好きな学校で好きなことを学び、好きなところに就職することが可能な、自由な世の中だ。特に若年層は、地元を離れてより選択肢の多い都会や、のんびりと落ち着いた環境や豊かな自然に触れられる地方、異なる文化や人間等に触れ新たな出会いや刺激が得られる海外などに、自分の幸福や生きがいを見出すための手段として、移住を選択することが可能だ。

これらの動きの加速は、若年層の地方への移動と魅力発見を促し、地方の新たな魅力を発掘すると考えられる。移住やマルチハビテーションの進展は、地方に恩恵をもたらし、地方創生の鍵となる可能性がある。

寛容な制度と気持ちで、住む人が幸福でいきいきする場へ

主に若年層を中心に広がるマルチハビテーションの流れは、確実に今までとは異なる新しいライフスタイルであり、その地域に長く居住する住民にとっては「よいとこどり」をして暮らす好ましくない住民と感じることもあるだろう。

確かにマルチハビテーションをするアドレスホッパーが、自分が居住する複数の地域に貢献をしたり、より良くしていこうと努力したり、協力する意識も必要だ。
ただ、複数拠点を渡り歩き居住するアドレスホッパーの住民票をどのように扱うべきかが議論されていないなど(現在は1か所しか登録できない)、まだまだ時代の潮流に制度が追い付いていないことも事実であり、双方ともに寛容な対応が求められる。
個人的にはアドレスホッパーへの税制、住民サービス、自治体などの新しいあり方について、国や地方自治体は早急に向き合い、対策を講じるべきと感じる。例えば選挙区が居住地に限定されたり、子供の義務教育は大きな障壁となっており、ホームスクーリング制度の拡充など、対策が求められる。

激化する地方間競争に打ち勝つには

マルチハビテーションにより地方創生は活気づくが、これは一方で地方間の競争も激化するということも意味する。その地域の持つ鉄道などの交通インフラや生活インフラ、自然や食料などのコンテンツは重要であり、その地方の魅力を高めるために整備や開発は必要である。
しかしながら、どのような時代にあっても、そこに暮らす人の優しさや受容性が最も問われるのではと感じる。

人間の幸福や楽しみは、人間関係が円滑で満足された状態にあるかが非常に重要であり、住む人がいきいきする地域を作るためには、人とのつながりやコミュニティ創出が非常に重要である。
地方においては特に顕著であり、心地よいコミュニティをいかに創出し、そこに参加する人にいかに楽しんでもらえるかが地域の魅力に直結すると考える。

 


 

地方に山積する課題はむしろチャンス。課題から、必要なスマートシティ要件を定義する

先日、D4DR代表藤元が登壇したイベント、gコンテンツワールド2019に参加した。
<イベント登壇>11/28 gコンテンツワールド2019
講演にて、インドの国民識別番号「Aadhaar」※ の話があったのだが、そこからヒントをいただいた。

※Aadhaar(アドハー)
インド国民に付番されるユニークID。
個人情報に加え、生体情報(指紋、虹彩、顔写真)を登録する。登録は義務でなく、任意。オンラインの個人認証、銀行類似サービスの他、社会保障給付金や補助金の直接支払いに活用される。

市民のAadhaarへの登録は、開始二年半で12億人に達したという(インドの人口は13億人と言われる)。これは人口の9割にあたる数字で、日本のマイナンバーカード登録率が10%以下ということを考えると、驚異的な数字である。
これを後押ししたのは、インドは課題が先進していた、という点だ。インドでは政府からの支援金受給に不正や搾取が蔓延っており、長年の課題であった。それを解決するツールとして導入されたAadhaarは、国民の支持を受けて急速に普及したという。

支援金の不正や搾取という明確な課題が、強烈にITを普及させ、国民に恩恵をもたらした好事例だ。

しかし、明確な課題が存在しているという点では、日本の地方も同じではないだろうか?
過疎化、市民サービスの質の低下、財政破綻、産業空洞化、人手不足、インフラの老朽化など多くの課題を抱えている。その課題の洗い出しを行い、地域をどのような場所にしたいかを住民が真剣に考え、議論しなければならない。
その上でスマートシティでその課題をどのように解決するのか、そのために住民一人一人がどのような努力をしていくべきなのか、課題から目を背けずにしっかりと向き合っていく必要があるのではないだろうか。

 



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Yoshida

専門は卸小売り、個人のライフスタイル、宗教・哲学など人文学。未来社会の事業環境整理・ 戦略コンサルティング、スマートシティ戦略立案等のプロジェクトに関わり AI、ロボット、IoT による社会課題解決に関心を 持つ。 カワイイ白犬と一緒に暮らす、ミレニアル世代。趣味は筋トレ・山登り・座禅・華道で、剛と柔の両立を目指している