アサヒビールから内閣府へ出向、異色の異動遍歴をもつ〜若手ナレッジワーカーの肖像:山本薫(前篇)

アサヒビール株式会社
経営企画本部デジタル戦略部
担当副部長 山本薫

新商品の需要予測などで注目を集めるアサヒビールにおいて、デジタル戦略部のリーダーとして活躍する山本薫氏(以下、敬称略)に、自身の多様なキャリアと、仕事への姿勢についてうかがった。

政権が2回変わった内閣府へ出向

山本がアサヒビールへの入社を考えたのは、公益社団法人国際経済労働研究所でのアルバイトがきっかけだった。同研究所で、労働組合員の働きがい調査を行う仕事をしていた山本が、楽しく働ける会社はどこかと研究員に質問したところ、ビール会社、とりわけアサヒビールを、と薦められたのだ。後に入社すると、実際に離職率は1割以下だった。

山本は大学で社会心理学を学び1998年、新卒でアサヒビールに入社。茨城にある研究所の総務部に配属され、福利厚生や研究員向けの情報調査などを担当する。2002年、グループ会社のアサヒマネジメントサービス社(現、アサヒプロマネジメントサービス社)へ異動し、人事給与システムの導入や業務改善に携わる。2006年には現在のマーケティング本部にあたる酒類本部企画部に移り、市場動向や新商品の立ち上がりの調査などを行った。

山本に予想外の異動が言い渡されたのは2008年。内閣府への出向だ。第三者の視点を入れるために内閣府と企業の人事交流は行われているが、重厚長大な銀行や鉄鋼などが中心であり、従来とは異なる業種からの出向は当時は珍しかった。アサヒビールが内閣府に人材を出向させたのは、この時が初めてだという。ちょうど自民党から民主党へ、再び自民党へと政権が変わる激動の3年間、山本は内閣府で働くことになる。規制改革の担当となり、法規制や制度の仕分けを行なった。

そして2011年、アサヒビールに戻り、経営企画部の事業支援から財務、さらに購買企画チームという変遷を経て2014年9月にデジタル戦略部に異動した。

ビール会社に入社すると多くの場合、当初は営業に配属される。会社としては根幹の部署だ。例外的なキャリアを持つ山本は「営業経験がないのですね」と言われることも少なくないが、「気にしない」という。わからないから教えてほしい、と言うことで、むしろ人脈や知識の幅が広がるからだ。

定型に収まるのではなく、常に新しいことに挑戦を

アサヒビールのデジタル戦略部は2013年4月にデジタルコミュニケーション戦略室として設立された。当時、会社にはふたつの課題があった。ひとつ目は、社内のデジタル戦略をとりまとめノウハウの共有と蓄積によって商品やブランドだけはない企業全体のイメージ・情報発信力を強化すること。ふたつ目は、部門・グループ横断で、デジタル技術・データ活用を通じて新たな付加価値を提供すること。そこで、意思決定を迅速化し、実効性を高めるために経営企画本部の中に、デジタル戦略部が設置されたのである。

デジタル戦略部のメンバーは8人。主にデジタルを通じた企業価値の向上、得意先との連携強化をはかるほか、EC事業者との取り組みも行う。山本はビッグデータ活用担当で、全体の方向性をチームのメンバーと確認をしながら、デジタル戦略部のミッションや中期計画もつくる。特にこの数年、経営トップがデータを重視するようになっており、ビッグデータを活用した売上と収益拡大は最大のミッションとなっている。「個人の思いとしてはアサヒビールの未来をつくりたい。ファンを増やしたいんです」と山本。

山本は、定型の業務ではなく、業務を変革し情報を発信するといった変化に富む仕事を指向する。スペシャリストとは異なり、多様な部署で活躍することが期待されていると認識し、それを楽しんでいる。「そもそも飽きっぽい性分なんです。常に新しいことを経験したい」

特定の分野のスペシャリストとしてではなく、どのような場においても常に自分の力を発揮できるプロフェッショナル。それが、山本のスタイルなのだ。後編では、そんな彼女の原動力ともいえる「突破力」について聞く。

(聞き手:藤元健太郎、文:小林利恵子)

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Sho Sato

D4DRアナリスト。Web分析からスマートシティプロジェクトまで幅広い領域に携わる。究極のゆとり世代の一員として働き方改革に取り組んでいる。

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