ANA・アサヒグループに学ぶ イノベーションを生むための人材・組織の育て方【第6回FPRCフォーラム】

2022年7月26日、D4DR社のシンクタンクFPRCは、ゲストに津田佳明氏、山本薫氏を迎え、第6回FPRCフォーラム「ANA・アサヒグループに学ぶ イノベーションを生むための人材・組織の育て方」をオンラインイベントとして開催した。イベントでは、企業がイノベーションを生むために必要な人材育成と組織マネジメントのポイントを議論した。本記事では、その内容を抜粋して報告する。

ゲスト プロフィール
津田 佳明 ANAホールディングス 経営企画部長兼 未来創造室副室長
1969年埼玉県生まれ。1992年ANAに入社し福岡支店に配属。5年間の旅行代理店セールスを経て1997年に営業本部に異動。航空運賃自由化、ダイレクト販売推進、レベニューマネジメント体制構築、沖縄貨物ハブ設立など、新たなビジネスモデルの創造に参画。2013年の持株会社制移行を機にANAHDへ出向し経営企画課長。2016年設立のイノベーション創出部隊デジタル・デザイン・ラボをリードし、2019年よりアバター準備室長を兼任。2020年4月より事業推進部長としてエアライン以外の事業ポートフォリオの見直しを行い、2021年4月より経営企画部長に就任。2022年4月より未来創造室副室長を兼務。

山本 薫 アサヒグループジャパン株式会社 Value Creation室 室長 
アサヒビール株式会社入社後、人事給与システム導入、BPR、マーケティングリサーチ、内閣府出向(規制・制度改革)、経営企画、デジタル戦略など、多岐にわたる部門・業務を経て、2020年4月の組織設立より現職。飲食の価値、喜び、楽しさを最大化する新価値・新事業創出を目指す「Food as a Service構想」の実現に向けた活動を進めている。

津田氏講演
「ポストコロナのエアライン イノベーション創出部隊のマネジメント」

津田氏からは、ANAホールディングス「デジタル・デザイン・ラボ」の、新たな価値を創造するための組織マネジメントについてお話しいただいた。

津田氏がチーフ・ディレクターを務めた同ラボは、2016年に設立され、アバターロボット事業のavatarin社設立や多拠点生活プラットフォームのADDress社との連携など、イノベーションにつながる新規事業を創出してきた。航空事業の安全運行のため最適化された組織の中で、様々なバックグラウンドを持つ人が集まり既存の部署とは異なるルールやマネジメント手法を採用してきたことが注目を集めている。

航空券サブスクリプションサービスの実証実験のプレスリリースより
(ANAホールディングス株式会社、株式会社アドレス)

ANAのルーツ:チャレンジするDNA

まず、津田氏はANAのルーツに「チャレンジ」があることを話した。ANAはヘリコプター2機、従業員16名のベンチャー企業「Nippon Helicopter」としてスタートした。そこから現在の航空機300機、従業員4万人を超えるエアラインへと成長するまでには、さまざまなチャレンジを積み上げてきた。しかし、安全運行を至上命令とすることによる保守的なマインドセットや、大きな組織であるがゆえの細分化によって、イノベーションが生まれづらいことに課題を抱えていたという。そこで2016年に既存の組織とは別枠のデジタル・デザイン・ラボが設立され、取り組みを進めてきた。

デジタルデザインラボの「サポーター型」組織マネジメント

エアラインがリーダー型のマネジメントを採用しているのに対し、デジタル・デザイン・ラボでは構成員が自由に活動し、それを後ろから調整・サポートするサポーター型のマネジメントを行っている。リーダー型は安全運行のためのオペレーションには適しているが、イノベーション創出にはそぐわないという。既存のルールや業務プロセスに囚われず活動するため、デジタル・デザイン・ラボは副社長直下の独立型の組織と位置づけられた。

テーマ設定の3つのポイント

活動のテーマ設定もラボの構成員が自由に行う。その際のルールが図の3つである。1つ目は、ANAの経営理念に沿った内容であること。2つ目が、ANAグループの中で誰もやったことがないことであること。最後に、情熱を持って取り組み続けられることである。過去の新規事業の立ち上げでは、人事異動により、企画立案者と事業をローンチする人が変わってしまい、実行者が熱意を持って取り組めないケースがあったという。そこでデジタル・デザイン・ラボでは、自分が出したアイデアについて、ローンチまで責任を持って実行する覚悟があるかを確認するそうだ。その決意があれば好きなテーマに取り組める。

また津田氏は、新しいアイデアが既存の価値を破壊するような価値を持っているかどうかは、最初のうちは見極めるのが難しいと話す。そのため早い段階でアイデアを潰してしまうことがないよう、デジタル・デザイン・ラボでは否定されない安心感のもとで何でも言える環境を作るための仕組みを作ってきた。「壁打ち」の機会を多く設けているほか、月に一回全員で出かけたり、年に一度の一週間の合宿なども行っているという。

山本氏講演
「Value Creation活動を“あたり前”に

山本氏からは、既存事業領域に囚われない新規事業の創出および、社内で価値創造が当たり前に起こるカルチャーの醸成をミッションとして取り組んでいるアサヒグループジャパン「Value Creation室(VC室)」についてお話いただいた。

VC室とは・設立の背景

VC室はイノベーションやデジタルといったキーワードをあえて組織名称に入れなかったという。本当にやりたいことは「価値を作る」ことだという認識のもと、Value Creationの活動を当たり前にし、既存の事業にとらわれない新しい価値を作ることをミッションに設定している。

設立の背景には、アサヒグループ全体で従来のビジネスモデルが通用しなくなってきているという危機感があったという。それは、少子高齢化・人口減少によって国内市場が縮小し、主要事業の収益性が低下していくこと、デジタル技術を始めとするテクノロジーの変化、生活者の価値観の多様化など、様々な環境変化による。このような変化を機会として捉えて、トレンドを先取りしていける文化・風土をつくることを目指しているという。

VC室による人材育成プログラム

VC室では、2021年から全社で希望する社員向けに人材育成プログラムを提供している。当初の目標参加者数は200人だったが、希望者が530人以上集まったという。多くの社員から、変わらないといけないという危機感と、変えていきたいという強い熱意を感じて嬉しかったと山本氏は話す。

2022年からは、ビジネスコンテストを実施し、審査を通過した人にアイデアをブラッシュアップするためにトレーニングをするプログラムを提供している。また、入社3年目までの若手の希望者を募り、コミュニティを作っている。コロナの時期に入社して、同期同士の交流も難しかった中、若者同士で情報共有をしたいというニーズもあったという。VC室のメンバーが考えた新規事業のアイデアにコミュニティでフィードバックを得たり、コミュニティのメンバーにインタビューして若者のインサイトを把握するといった活動を行っている。

ディスカッション

イベントの後半では、D4DR/FPRC藤元をモデレーターとし、イノベーション人材の特徴やイノベーションに取り組む部署への社内の目線、イノベーションを阻む壁の乗り越え方などについて議論した。

モデレーター プロフィール
藤元 健太郎 FPRC 主席研究員、D4DR 代表取締役
元野村総合研究所、元青山学院大学大学院 MBA 非常勤講師、関東学院大学非常勤講師。 1993 年からインターネットによる社会変革の調査研究、イノベーションに関わる多くのコンサルティング、スタートアップを支援。

1. イノベーション人材の特徴

藤元:まずは、イノベーションに携わる人材の特徴について話したいと思います。ワークライフバランスを重視して、オペレーション化された業務に携わって安定した状態にいたいという人ももちろんいますが、イノベーションを生み出すにあたっては、個人の目標と会社や組織の目標が重なっていて、自分を溶かして変化に臨めることが理想のあり方の一つだと思っています。例えば、スタートアップでは社会を変えること、それを自分の会社でやるということが自己実現と一体化している人も多いと思います。お二人のチームのメンバーの方はいかがですか。

津田:デジタル・デザイン・ラボには、エアライン事業がやりたくてANAに入社した人があまりいないこともあって、どちらかというと会社のためにというよりは自分がこれをやりたいという思いが強い人が多いですね。フェーズが進むと基本一人一プロジェクトになり、孤独な中で社外の人と組みながらやっていくので、そういったマインドがないと厳しいと思います。実際に、もう会社を卒業した人も複数います。

山本:VC室はまだ公募を始めたくらいの段階ですが、希望者は自分で事業を作ってみたいという思いが強い人が多いです。自分が実現したいという思いがないと、打たれ強く進んでいくことは難しいですよね。

2. イノベーション部署への社内の目線

津田:イノベーションの部署にありがちなのが、他の部署から「あいつら遊んでるよね」「俺たちが儲けた金を使って何をしてるんだ」みたいな目線を向けられることですね。

藤元:それはどのように乗り越えてきたのですか。

津田:遊んでていいよねと言っている人ほど、「じゃあ一緒にやろうよ」と言っても意外と公募に手を挙げなかったりします。批判的なことを言う人も、本心から言っているわけではなかったりもするので、外からの声はあまり気にしなくていいと思っています。そういった「鈍感力」が大事なので、公募でもそれを持った人かどうかを見ています。鈍感力が超高いと、周りの人も勝手に巻き込まれますし、勝手にやっているようでも実はみんなが応援していたりするんですよね。

3. 新しいことに挑戦することに対する壁の乗り越え方

藤元:「ゲストのお二人が直面した、新しいことに挑戦することに対する先入観や同調圧力のようなものを言語化してみていただけますか」という質問が来ていますが、いかがですか。

山本:イノベーションを生む取り組み自体に反対する人はいませんが、既存のビジネス領域を超えたことをするときに、コスパが悪いよねなどと暗に伝えられたりすることはありますね。

藤元過去の成功体験が先入観やバイアスになり、イノベーションの邪魔をするといったことはありますか。

津田:過去の成功体験は賞賛すべきものですが、現在は価値があるものではなくなっている可能性もありますよね。それに関わった人ほど囚われが強いですが、うまく崇めて葬るプロセスは結構難しいと感じています。

山本:社内では「引き戻し効果」と言っていますが、前に進もうとすると過去の経験や既存の資産が邪魔をするのはよくあることだと思います。アサヒグループではずっとマス向けの商品を扱ってきたので、美味しいものが飲みたい・食べたい欲を持つ人が多かった物欲の時代はよかったですが、現在は欲・ニーズが多様化しているので、ビジネスのやり方を変えていかなければいけないと感じています。

藤元:過去の成功体験に囚われている人たちを変えるにはどうすればいいのでしょうか。

津田:既存の事業とは違う判断軸でやらないといけない中、圧倒的な価値を見せるしかないと思います。そのためにお客様からの評価や、それがわかるようなPoCを積み重ねていくことが重要です。

藤元やっぱり一番逆らえないのはお客さんの変化ですよね。お酒をそもそも飲まない、アルコール度数が少ない方がいいというお客様が現れた、という事実を突きつけるのは有効な手段の一つなのではないでしょうか。ANAさんでも、多拠点生活をしてる人がいて、そういう人たちを移動させてあげるために今までとは違うカテゴリーが必要だから、ということでADDressと連携した3万円のサブスクを実現されたんですよね。

津田:お客様の圧倒的な支持で返していくしかないのかなと思います。

4. 社内の雰囲気を作る・会社全体の人材育成

藤元:次に会社全体の人材育成について話したいと思います。会社全体も変わっていく必要があるとすると、未来を考えたりするのはイノベーションの部署の人だけでなく、ほかの業務に携わる人たちにも意識してほしいですか。

津田:未来志向はどんな部門でも重要だと思いますが、オペレーションの部分は石橋を叩いて壊すくらいでやって、また橋を作って渡るくらいの心構えで安全を守っていかないといけないので、そこを崩さず未来志向で取り組むことはすごく難しい課題ですね。また、会社としては航空以外の収益源を作らないといけないということで取り組んでいますが、やっぱり航空のことしか考えずに人材を採用しているので、イノベーションを生むというよりは、オペレーションをうまく回すことが得意な人材が多くなってしまっています。そこをどうしていくかも課題です。

藤元:山本さんの部署でも、プログラムに応募してきた人以外にも、VC室のエッセンスを味わってもらうような取り組みを増やしていきたいですか。

山本:はい、必要だと思っています。ベーシックな研修は本来は全員に受けてほしいと考えています。現在は生産系の部署の方の応募が少ないですね。イノベーションというと営業やマーケティングの話だから、と感じている人も多いのではないかと推察していますが、実際は全てがバリューチェーンで繋がっていますよね。お客様が変わっていき、それに対応した営業活動やマーケティングをするということは、生産を含めて会社全体がセットで変わる必要があります

5. イノベーションを生むために日本企業が取り組むべきこと

藤元:最後に、イノベーションを生むために日本企業が取り組むべきことについて話したいと思います。私は、津田さんのような取り組みを広げることが重要だと思っています。

津田:たとえ安全運行が至上命令でオペレーションが中心の会社であっても、イノベーションのためのトライアンドエラーをできる環境を用意する。そしてそこがインフルエンサーになって社内で仲間や応援する人がだんだん増えていくという仕掛けを作りたいと思っています。

山本:私も遊びの場、自由にやっていい場所を作ることが大事だと思っています。日本企業では、優秀な人ほど仕事がその人に集中してしまうことがあると思うので、少しゆとりを持たせてあげて、プライベートも含めてハッピーでいられる環境を作りたいですね。

藤元:私はJ-SOX法の弊害はすごく大きかったと思っています。NHKのプロジェクトXという番組が好きでよく観ていたんですけど、一度失敗しても、リベンジを誓って研究をこっそり続けて、そこからイノベーションが生まれるということがいっぱい出てくるんですよね。透明性はもちろん大事ですが、株主に説明できないからやめよう、という判断だけではなく、緩やかな部分が必要なのではないかと思います。

ゲストのお二人が取り組んでいる施策について伺うことで、イノベーションを生むために必要な考え方や、企業として用意すべき環境について議論することができた。お二方とも、イノベーション創出をミッションとする部署だけでなく、会社全体の人材育成についても考えていらっしゃることが印象的だった。


D4DR/FPRCでは、未来視点に特化した人材育成のプログラムを提供している。行動変容につながるアクティブラーニング形式のプログラムで、DX・イノベーションに必要なスキルや考え方を育成します。

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