心が動く体験が、未来をつくる―「未来事象カード」とフィールドワークが拓く、AI時代の大学教育
社会構造の急速な変化に伴い、大学における学びのあり方は大きな転換期を迎えています。従来型の講義による受動的な学習から、自ら問いを立て、チームで対話し、課題解決へ挑むアクティブラーニングへのシフトが強く求められています。
会社経営と並行して朝日大学で教員を務める中畑千弘氏は、シンクタンクでのキャリアを経て、データやインサイトに基づく実践的なマーケティング教育を展開しています。ゼミでは「未来事象カード」を活用したワークショップを取り入れ、学生の生活範囲を超えた視野の拡張を促す実践的な学びを提供しています。
AIが分析やプロトタイピングまでこなす時代だからこそ、重要になるのは現場で人や社会と深く関わる体験と、多様な仲間とともに物事を成し遂げるチームワーク力だと中畑氏は語ります。
今回は、中畑氏が実践する教育アプローチの全貌をはじめ、「未来事象カード」活用の背景と成果、そしてAI時代における人間の役割とこれからの大学教育の展望について、幅広くお話を伺いました。
(インタビュアー:藤元健太郎)

(写真左 中畑千弘氏、右 藤元健太郎)
実務経験を活かした実践的なマーケティング教育
―まずは先生のご経歴と、現在の研究・教育領域について教えてください。
中畑氏:元々は銀行に勤めており、その後シンクタンクに出向しました。20代後半にリサーチや分析をやっていきたいと考え、当時の仲間と独立・起業しました。現在は会社の経営を行いながら、大学の教員も務める実務家教員として活動しています。
―過去にはどのようなリサーチや研究を専門にされてきたのでしょうか?
中畑氏:定量的な調査や、当時はまだそれほど一般的ではなかったデプスインタビュー(深層インタビュー)などを通じて、深層心理やインサイトを探求することを起点に実践的な研究をしてきました。特に、作り手の勘だけで制作していたテレビやラジオといったメディア業界に対し、データやインタビューに基づいた制作を提案するところからスタートしました。
―日本のマーケティング領域はこの20〜30年で大きく意識が変わってきたという印象です。
中畑氏:企業の意識やモチベーションは高まってきたと感じていますが、企業内でリサーチに長けた人材が上層部に少ないという課題がありました。徐々にそういう若年層の方々が管理職クラスになりつつあるため、これからはより力を入れていくようになると思います。
―大学で学んだことが社会では通用しないと言われることもありますが、先生が教えられている実践的なマーケティング領域は、企業からのニーズも強いのではないでしょうか。
中畑氏:実践に役立つ学問として企業からの期待は大きいです。実際にゼミの学生に話を聞くと、就職活動をする中で、大学で経験した未来を発想するワークショップや企業との関わりについて話すと、企業側から「どんなことをやったのか」と非常に興味を持たれ、深掘りされることが多いと聞いています。
学生の視野を広げる「未来事象カード」の活用
―講義で「未来事象カード」を導入された背景を教えてください。
中畑氏:学生にとって社会との接点はアルバイトや家族など非常に狭い範囲に限られており、自分たちの枠を出て社会や地域の課題を考えるのが難しいという現状がありました。もっと広い視点を持ってもらうためのヒントを探していたところ、偶然このカードに出会いました。
―実際にカードを使った学生の反応はいかがですか?
中畑氏:知らない言葉に出会って深掘りしたり、選んだ数枚のカードからどんな未来が見えるかを想像したりと、思考の材料、つまりこれまで考えもしなかった発想にたどり着くきっかけとして、大きな価値を感じています。また、上級生が自発的に後輩に「こうするんだよ」と教えるというサイクルもできています。

―このカードはもともと企業向けに設計していましたが、知識や情報の取り方に差がある中で「一定の情報をみんなで共有し、共通の情報基盤を元に議論する」というプロセスは、学生にも共通しますね。
中畑氏:学生の間でも、上級生と新入生の間には社会に対する理解に差があります。新入生は先輩の姿を見て、そのように成長したいという思いを持っていると感じます。
普段は狭い生活の範囲で思考を広げる機会が少ないため、このカードは、今世界で起きていることが「自分たちにどう影響するのか」と自分ごと化し、社会の仕組みを理解するプロセスとして役立っています。経営学部としては、「経営は自分たちだけで決められることばかりではなく、社会・政治・テクノロジーといった外部環境の変化やその背景を把握することが必要」と思いますし、さらに哲学や歴史などリベラルアーツも重要性を増していると考えています。
―従来のように話して聞かせる形式の講義以上に、アクティブラーニングが重要になっているのではないかと思います。大学における学びのコーチングという役割について、お考えを伺いたいです。
中畑氏:過去、大学生でも大学にはあまり通わず、外部で様々な体験をして学んだという人は少なくありませんでした。しかし今の大学生は、ほとんどが真面目に大学に通っています。学生たちに応えるために、大学でも実践的で社会との接点を持ち、体系的に学べる場がますます必要になります。話を聞くだけでなく、自分たちで手を動かして考え、意見を出し合って議論することで気づきを得るという、インプットとアウトプットを素早く繰り返すようなトレーニングは通常の講義では難しいので、ワークショップ形式を取り入れる価値を感じています。
―地域社会から大学への期待もあることと思います。中畑先生のゼミでは、地域とつながる活動などにも取り組まれていますか?
中畑氏:共創パートナーとして、地域の事業者にヒアリングやインタビューを行うこともあります。そこで、「地域課題カード」があるといいなと思います。どの地域も抱えている生活に根差した課題があり、例えば消防団員が集まらない、企業が若手を採用できないなど、社会課題をさらに地域にフォーカスした言葉で整理すると、大学だけでなく高校でも使えるものになるはずです。
―「地域課題カード」を学生の皆さんに作ってもらうワークショップもいいかもしれませんね。
中畑氏:それはいい考えですね。ちょうど「地域活性と課題解決」という演習をやっているので、それと上手く合致し、学生にとってもより深い学びにつながるように思います。

AI時代の大学教育と人間の役割
―AIの普及により、大学教育の現場はどのように変化していますか?
中畑氏:今や私を含め、多くの教員がレポート課題を無くし、企画書の作成や調べ物などで大いにAIを活用するように指導しています。学生は、AIが出した情報を見極めるためにも、知識や経験を身につけることが求められます。AIネイティブな世代も入学してきており、教員側もアップデートしていく必要があります。大学でAIを使いこなすために、高校でのリテラシー教育を含めた設計が重要です。
―マーケティングやリサーチの分野でもAIの影響はいかがでしょうか。
中畑氏:AIの進化は、もはや避けられない大きな潮流となっています。アンケートの設計や集計、インタビュー結果の分析までAIができるようになっています。また、任意のペルソナを与えたAIを使ってデプスインタビューの予行演習を行ったり、仮説づくりに役立てたり、学生にとっても有用でしょう。考えたデザインをすぐに可視化できるなど、プロトタイピングもしやすくなりました。
―AI時代に人間に求められるのは、新しい問いを立てて仮説を作り、チームで取り組む力だと思います。そういう観点でもワークショップは重要と言えるかもしれません。
私が大事にしていることが2つあります。1つは、実際に見たり聞いたりしないと分からないことが多くあり、実践的に企業や住民の方々と多様な接点を持って、気づきを得ていくこと。もう1つは、どうしても1人でできることには限界があるため、様々なスキルを組み合わせてチームワークで働く力が必要ということです。チームで仲間と対話しながら組み上げていくワークショップ型の学びがこれまで以上に大切になると考えています。
実践的な授業の本質は「心が動く体験」
―チームを組んで対話しながら経験を重ねるという意味では、フィールドワークも重要ですね。
中畑氏:シンクタンクにいた当時は文献調査が主流でしたが、積極的にフィールドワークにも行っていました。その頃から重視するものは変わっていないと思います。
(朝日大学のある)岐阜県の企業と学生の共創活動も進めています。岐阜県は名古屋にも近く、地元に学生や若者が定着しないという課題があります。岐阜県にもこんなに良い会社があるということを伝えるのも目的の一つです。共創活動を進めるうちに、企業側から「こういうことをやってみたい」というお声があってコラボに発展した事例や、そういった企業に学生が就職するケースもあります。
―特に印象的なフィールドワークの事例はありますか?
中畑氏:東京・日本橋の「分身ロボットカフェ」です。遠隔で働く障害を持つ方と直接対話し、ロボット越しであってもそこに人がいて社会参加していることを実感する体験は、学生にとって心が動く非常に良い機会になったようです。自分とまったく異なる環境で生きる人がいること、社会進出が難しい人に寄り添うサービスなど、それぞれ感じたことから考えを深めた様子でした。
―確かに、皆で何かを一緒に作り上げたり、文化祭や体育祭などを通して喜びや悔しさを分かち合うような、AIでは代替できない体験がますます重要になりそうですね。
教室で話を聞くのと現地で直接対話するのでは、気づきの深さが全く異なります。現地で光景を見て、直接話を聞くことで記憶に深く刻まれ、心に残る体験になります。そうした深い気づきや感情を伴う体験こそが、学生自身のやりたいことを見つける上でも大きな要素になっていると感じています。
編集後記
AIが進化する時代だからこそ、大学教育には『社会との接点』と『チームでの共創力』が欠かせない――。今回の取材を通じて、そのことを改めて実感しました。
アルバイトや家庭といった身近な生活範囲にとどまりがちな学生にとって、地域の事業者や社会課題に直接触れる取り組みは、世界で起きている変化を「自分ごと」として捉える大きなきっかけになります。「未来事象カード」やフィールドワークなどを通じて思考の枠の一歩外へ踏み出すことが、やりたいことを見つけて進んでいく原動力を育んでいることが、中畑氏のお話から強く伝わってきました。
そして、個人で完結する作業の多くをAIが担う時代だからこそ、多様なスキルを持つ仲間と対話し、試行錯誤しながら何かを組み立てる体験の価値は計り知れません。ワークショップで先輩後輩が教え合ったり、議論を通じて一つの企画を練り上げたりするプロセスそのものが、社会で求められる「協働する力」を培う実践的なトレーニングなのです。
大学は社会へ開かれた場となり、対話を通じた学びの場であり続ける。その役割が今後さらに重要になっていくことを改めて感じるインタビューとなりました。