東急ハンズ 長谷川秀樹:手に入れたのは、転職前より100万倍楽しい仕事

東急ハンズ 長谷川秀樹

長谷川秀樹氏は経営状況が悪化していく東急ハンズに2008年、中途採用で入社。情報システム部の責任者として大胆な改革を断行し、オムニチャネルなど次々に施策を軌道にのせて2012年にはハンズラボという情報システム子会社を立ち上げた。アクセンチュアに14年間勤めた後で事業会社へ転職した経緯や今後のビジョン、転職を考える人たちへのアドバイスなどをうかがった。

二つ目の天職に出会う

— まずは、アクセンチュア時代にどのような仕事をなさっていたのかお聞かせください。

大学を卒業した1994年にアクセンチュア(当時:アンダーセンコンサルティング)へ入社して以来、主に小売りのクライアントを担当していました。最後の4年間はアクセンチュアのシステム子会社の営業部門で小売り基幹系ERPを売っていたのです。当時は営業が自分の天職だと思っていましたが、東急ハンズに転職後はコンサルティングファームにいた時よりも100万倍楽しいですね(笑)。

— それほどですか。どのような経緯でそんな東急ハンズに転職することになったのでしょうか?

もともと『ガイアの夜明け』などの番組で紹介されるコンサルタントのような、企業をV字回復させる仕事をしたかったんです。でも、アクセンチュアではそんなクライアントには巡り会えません。つまり、業績が悪化してから数千万の費用をコンサルティングファームに支払って業務改善を依頼する企業など、ほとんどないのです。仕事が減っても人は余っているので、大概は社内でプロジェクトを組むことになりますから。

コンサルタントのニーズがあるのは急成長して採用も追いつかなくなるほど事業が大きくなり、さらに拡大していこうとする企業です。

当時の東急ハンズは売上げが落ちて店舗展開が止まり、システム開発を凍結していた時期。経営が厳しくなり、外部の人材を募集していたのです。お、これは魅力的だと感じました。

自分でリスクをとって実行する醍醐味

— まさに、やってみたかった仕事に巡り会えたのですね。実際に入社してみて、どうお感じになりましたか?

自分でリスクを取って、自分で責任を持って決断して、自分で実行できる、というのは気持ちがいいです。

コンサルタントの場合、最終的に決断するのはお客様です。ところが、こちらの提案に対して、いただいた先方の上層部が改革に踏み込めない理由をあれこれ並べ立てるわけですよ。そこを「やりましょう!」と説得する。そんなこと続けていると、もう「客のモチベーション上げるのが仕事じゃねぇんだよ…」という気分になってしまう(笑)。上手くいかないと「ま、長谷川さんは自分が責任を取るわけじゃないから、いろいろ言えるんですよ」などと言われてね(笑)。

確かにコンサルティングファームの場合、どうしても関与しがたい部分がある。クライアントの情報システム部長が会議で新システムの導入を提案した際、営業部の部長が反対していると聞いても、そこまで出向いて口説くわけにはいかない。

でも今なら直接、営業部の部長に「これ、やろう!」と口説きにいける。やりがいがあります。物事をドーン決めて、ドーンと進めることができるという意味で、面白いし気持ち良く仕事ができます。

空気を読まない中途入社が改革を断行する

— そこに達するまで、やりにくいことや障害はありませんでしたか?

うーん…思いあたりませんね。よく、外資系と日本企業の文化の違いを言う人がいるけれど特に感じません。むしろ東急ハンズには「へぇ、外ではそうしているんですか?」と素直に耳を傾けて受け入れる文化があって、やりやすかったです。

しいて言えば「山田課長」など、役職を付けて人を呼ぶのには驚いたことかな(笑)。私の部署では役職呼びを禁止して「さん」づけを推奨していますけれど。

— 外部から来た長谷川さんだからこそ改革ができたということでしょうか?

それはあるでしょうね。良くも悪くも空気を読まない(読めない)ところが中途入社の良い所です。例えばデカい倉庫をなくしていくプロジェクト。不要だと多くの人が薄々感じていても、店舗の在庫が増えて困ると言う人もいて、必ず軋轢が生じるのです。しかも、それが以前の上司だと反対しにくい。昔の上司には一生逆らえない、みたいなね(笑)。そういうしがらみがない点、私はやりやすかったです。

— 東急ハンズは長谷川さんのケースのような中途採用が多いのですか?

いや、特に私のような部長職の中途採用はめったにありません。最初で最後と言うと大げさかもしれませんが、私の場合はITという特殊要因があったので採用されたんですね。

— 振り返ってみて、コンサルティングファームにいたことはメリットになったといえそうですね。

良い点も悪い点もありますよ。
・ある程度、体系立ててものごとを見る
・ROI を意識する
・優先順位を考える
・外国人との交渉事に抵抗感がない
というのがメリットでしょうね。事業会社で1つの分野だけで仕事してきた人よりも、こうした知識や経験は役立ちました。

— では、デメリットは何でしょう?

ドキュメントに時間をかけ過ぎるきらいがある点でしょうか。(私は、全然、時間をかけませんが)

コンサルティングファームでは、アイデアを思いついたらすぐ動くのではなく、まず紙にまとめてくれと言われるんですよ。でも、1週間かけてロジックをガチガチに組んで、数字を調べて紙にまとめる時間は無駄だと常々思っていました。

コンサルタントというのは、いわば“自分たちが負けないための資料づくり”に力を入れたがる傾向があるわけです。どこを突っ込まれても言い返せるような形にする作業に7割くらいの力を注いでいるのではないかとさえ思う(笑)。でもね、人は数字やロジックだけでは判断しませんよ。「この人が提案する事業だから、進めたい!」とか、逆に「こいつの言うことは信用できないからダメ!」とかね。

紙に1週間かけるのは無駄だということを、私は事業会社に来て改めて確信しました。書類をつくる前に、さっさと関係者に相談しにいく方がいい。

部下に「転職活動してこい」

— もしも今、就職活動をやりなおすとしたら再び事業会社を選びますか?

コンサルティング会社と事業会社であれば、事業会社を選びます。コンサルティング会社に入社したとしても3~5年くらいで十分ですね。

事業会社なら昔からある大企業ではなくベンチャーに入りたい。実は新卒の当時、先見性がなくてネット系に足を踏み入れなかったことを今でも後悔しているからです。

もちろん、大きな会社にも良い点がありますけれど。名前の知られていないベンチャーよりGoogleのほうが合コンでモテるしね(笑)。

— 長谷川さんのようにコンサルティング会社から事業会社への転職、また、その逆は増えていくでしょうか?

増えると思いますし、増えてほしいですね。そもそも日本経済の弱点は、人材の流動性が低いことだと思います。会社を辞めても次の受け皿がある、転職が失敗しても次があると思えれば勝負できますが、今は失敗するとマイナス評価にしかならない。だから動かないんです。

私は部下に「転職活動してこい」と言っています。内定をもらうと、「自分は今の会社を辞めても食っていけるんだ。」と自覚すると、現在の会社でも思い切った改革を推進できる、からです。

— そうすると、日本企業のローテーションには弊害しかないということでしょうか?

いや、終身雇用、最後まで勤めあげるなら日本企業の方式のほうがいいでしょう。同じ企業にいてもローテーションによって変化が経験できますからね。

一方、ローテーションによって企業が強くなれないという弊害もある。例えば人事労務を知らない人が、いきなり人事部長に異動すれば、そこでは人事の素人ですよね。適切な判断ができるわけがありません。異動を重ね過ぎると、その都度素人の状態におかれることになる。ゼロから始めていちいち部下に訊いて回ってなかなかプロになれない。これが各部署を弱らせていく一因にもなると思います。

転職を考えているなら、のんびりローテーションしている場合ではありません。職務経歴書で、自分には何ができるか、自分の価値を伝えることができるよう意識しながらキャリアを積むべきです。企業はその経験に価値を見出し、お金とポストを提供するのですから、何かのプロになっていくことを考えたいですね。

出世できなければ辞めざるを得ない会社を選ぶ

− これからの働き方について、お考えを聞かせてください。

例えば、ハーフ&ハーフで必ず2社に勤務するとか、30歳になるまでに必ず複数の企業を渡り歩くといったことを国が義務付けてもいいとすら思っているんです。そうすると転職に抵抗感がなくなる。1社だけにしか勤めていないと、そこが倒産したらどうしようといった不安が出てきてしまうものですが、転職に対する不安が払拭できればもっと人が流動化する。それくらいの気構えでチャレンジしていってほしいです。

− 長谷川さんが、そもそもアクセンチュアを選んだ理由はどのようなものですか?

私の就職活動の時の条件は「給料が高い」「専門性がある」「海外に行ける」の3点でした。銀行などいろいろな企業から内定はもらっていたのですが、アクセンチュア(当時のアンダーセンコンサルティング)が最も面白そうだったので決めました。

というのも、会社説明会で示されたキャリアパスが、32歳以降は点線になっていたんですよ。アナリスト、コンサルタント、マネージャー、パートナーというステップは実線で書かれていましたが、その先がない(笑)。え? どうなるの? 辞めるの? と思ったら「うちは出世できなければ出てもらいます」と当然のように言うんです。強烈でしたね。

でも、そのほうが面白いと思いました。他の日本の会社はいかに社員に対して手厚いか語るのに「30代後半以降のキャリア? そんなの知るか」というスタンスの会社だったのです。

− 長谷川さんがキャリア形成で意識したことは何ですか?

「自分は何屋なのか」を明確に言えるように意識していました。私の場合、小売業ばかりだったのでリテールとIT分野は詳しいぞ、と言えます。ただ、それは転職のためというより、目の前の仕事を一生懸命やってきた結果です。

− 今、アクセンチュア出身者を雇うとしたら、どんなことをしてほしいですか?

ドキュメントをまとめてほしいですね。先ほど、1週間かけて文書をつくる必要はないとは言いましたが、それが必要な時もある。実際に現在、提案書はアウトソーシングしてロジカルにまとめてもらっています。

さらに、系列の東急不動産ホールディングスと事業会社の関係性をうまく定義してビジネスを進めていくことやコーチングですね。

以前は、話を聞いてもらうだけでお金を払うなんてばかばかしいと思っていましたが、提案書づくりのためにディスカッションを重ねると考えが整理され、それがコーチングのプロセスになっているのだと分かってきました。

 

初心者ばかりで開発をスタート

— ハンズラボがスタートした背景は、どのようなものでしたか?

人事や会計のシステムは、ある程度は既存のパッケージで対応可能でしたが、営業系のシステムはどんどん機能を変更する必要があったのです。自分たちで改善できればいいな、と思っていたら自社開発になってしまったというわけです。

— 開発スタッフは、どのように集めたのでしょうか?

最初は東急ハンズの店舗の人だけで構成しました。つまり初心者ばかりです。
今は中途採用者も採るようになったので、店舗出身者は半分くらいです。店舗の人は開発の経験がない人ばかりでしたので、コマンドラインから勉強しました。現在、社員は45名ほどです。

— やはり、若い人を中心に集めたのですか?

いえ、20代から50代後半までと年代は幅広いですよ。必須条件は「やる気」だけ。経験は問いませんでした。

実は、55歳で役職定年になった人が「第2の人生で挑戦したい」と手を挙げてくれました。プログラミングなど、とても覚えがいい。しかも、前の部下が今度は上司であり先生になるわけですが、何のためらいもなく「転職したつもりで頑張ります。教えてほしい」と言うんです。人間的に大きいなと思いましたね。こういう人は、仕事ができますね。

やる気があるのでスタッフの覚えが良いですし、教えるのも上手くなってきているようです。開発ペースが立ち上げ時より速くなっています。当初は試用版の制作に約3ヶ月、リリースは半年後でしたが、今では制作に2ヶ月、リリースは4ヶ月後です。

小売りに役立つクラウドサービスを開発したい

— 今後のハンズラボは、何を提供していくのですか。展望をお聞かせください。

ハンズラボは、もともと外販するためにつくった会社です。開発したサービスを東急ハンズの名前で販売していたら、小売りの東急ハンズにシステムを発注するのは違和感があると指摘されたのがきっかけです。東急ハンズ向けのシステムが一段落したら、本格的にハンズラボのサービスを外へ売っていこうと思います。今までありそうでなかったなというようなものをつくっていきたい。

— 小売り系に向けてということでしょうか?

はい。O2Oなどもサポートしていくことができます。
今、クラウドで安価なサービスが出てきています。経費精算システムのConcur(コンカー)や、会計クラウドのfreeeやmoney forwardなどです。もはやパッケージをドーンと売って大もうけする時代ではないので、安いクラウドのサービスを提供していきたいですね。
また、既存のポイントシステムやPOSシステムは飲食店向けのものが多いので、商品点数の多い小売りに対応できるサービスを開発し、提供していきたいです。
− その場合、何が売りになりそうですか?

余分な機能は「必要ない」とはっきり言えるSIerにしたいですね。
様々な仕様を要望してくる人は「1年に何回、使うの?」というような機能を入れてきますが、開発コストまで考えているのかと問いたい。言うなりじゃなくて本来は開発側がきちんと「無意味なので入れません」と言えればいいのです。それより、付加価値のあるところにIT投資を絞るほうがいいと考えます。
− ハンズラボのサービスにはどのような手応えがありますか?

いろいろ予想外のことも起こります。
東急ハンズで自社開発している時は、7割程度の仕上がりで利用開始し、動かしながら改善していく方法で成功しました。
ところが、同様の形でお客様にサービスを提供したら、満足度が低下したのです。東急ハンズの中であれば、仕様を追加するかどうか私がすぐに判断できましたが、お客様にも開発の余地を残し、欲しい機能を追加できる形で提供したところ、窓口の部署に要望が集中して対応しきれず満足度が下がったのです。

一方、最も満足度が高かったお客様は、柔軟性の低いサービスを提供した企業でした。

この場合「これはクラウドサービスです。仕様変更はできません。これでよければ、いかがですか」と伝えたのです。機能が追加できないので、要望はほとんどありません。できる機能を現場で見つけて、現場で課題を解決して回していくわけです。問合せが少ないので、ハンズラボの業務負担も少ない。たまにお客様の様子を知るために訪ねると「いやぁ、問題なく使っていますが何か…?」などと言われてしまうほどです。

− 手厚く対応して、逆に顧客満足度が低下したというのは興味深いですね。

慣れてしまえば、トランザクションの仕組みやツールは何でもいいということです。これからのIT投資は、マンマシンラーニングなど今まで人ができなかったところに投下したほうがいいと思います。

− 経営者にアプローチしての感触はいかがでしょうか?

基本的に、ご提案して断られたことは、まだありません。何かを変えること、新しいものを導入することに対して柔軟な経営者が多いと感じています。

* * *

何かを変えること、変化し続けることを恐れない「しなやかさ」と、目の前の仕事にチャレンジする「やる気」。移りゆく時代の流れの中でキャリアを積む上でも、ビジネスの可能性を広げる上でも、これらが大切な鍵となることを、長谷川氏のお話から学ぶことができた。

 

長谷川秀樹 プロフィール
株式会社東急ハンズ 執行役員 オムニチャネル推進部長、ハンズラボ株式会社 代表取締役社長
自己紹介:
1994年、アクセンチュア株式会社に入社後、国内外の小売業の業務改革、コスト削減、マーケティング支援などに従事。
2008年、株式会社東急ハンズに入社後、情報システム部門、物流部門、通販事業の責任者として改革を実施。デジタルマーケティング領域では、ツイッター、フェイスブック、コレカモネットなどソーシャルメディアを推進。
2011年、同社、執行役員に昇進。
2013年、ハンズラボ株式会社を立ち上げ、代表取締役社長に就任。(東急ハンズの執行役員と兼任)
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Sho Sato

D4DRアナリスト。Web分析からスマートシティプロジェクトまで幅広い領域に携わる。究極のゆとり世代の一員として働き方改革に取り組んでいる。

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