「超江戸社会」とは?
中世の社会のあり方に未来のヒントを探る


【特集】超江戸社会
「超江戸社会」は、中世の時代に、幸福度が高くSDGsな生活を送っていた江戸町人の生き方に今後の日本社会のヒントを見いだし、テクノロジーによって中世の課題を克服し、工業化社会によって生まれた多くの制度疲労を転換する社会システムを提唱する考え方です。江戸社会のあり方に未来のヒントを探る記事を連載していきます。

超江戸社会 -概論

D4DR FPRC(フューチャーパースペクティブ・リサーチセンター)
主席研究員 藤元健太郎

中世の時代、世界No.1と呼ばれる100万都市となった江戸。厳しい生活を強いられた農民と官僚化した武士の間に挟まれた商人と町人。中でも町人は安定した暮らしの中で急速に発展した食文化、歌舞伎、落語など大衆中心の芸術、金魚や朝顔ブームなど高い文化水準を維持し、人のために生きるやりがいと強いコミュニティの中で幸福度の高い生活を送っていた。

2040年の未来を描くFPRCは、未来から今を考えるバックキャスティングアプローチをベースにしているが、逆に過去から学ぶアプローチも取り入れたいと考えている。日本では明治維新以来、富国強兵、欧米キャッチアップ戦略と続いた150年の工業化社会の終焉が来ていると考えた時に、画一的人材育成、大量生産・大量消費の工業化社会によって失われたことに焦点を当て、未来へのヒントとする。

SDGsを実現していた江戸社会

近年サーキュラーエコノミーが注目されているが、江戸はまさにリサイクル都市。糞尿は周辺農家の肥料として取引されたため長屋の大家達の貴重な財源になり、捨てる事などあり得なかった。古着は当たり前、食器も金継ぎで簡単には捨てない。褌まで含めてあらゆるものがレンタルされ、風呂も長屋も共同利用のシェアリングエコノミーでもあった。男色を含めLGBTも普通であり、女風呂でも男性が背中を流すために働いていたように女性の地位も考えられていたほど虐げられていたわけではなかった。寺子屋による質の高い教育、ファストフードや発酵食品など食のイノベーションも非常に進んだ。火事は多かったがフェーズフリーの概念で災害時と平時を常に意識した都市であった。

シンギュラリティ後、AIとロボティクスによって単純労働から解放される未来において人間はどう生活するべきかは大きな問題と言われている。ヨーロッパの貴族や江戸町人の生活には、今後の技術によるサービスや生き方において参考にするべきことは多い。馬車や籠はある意味「自動運転」で人や物を運んでくれた。音楽の世界では、クラウドファンディングやファンクラブに似た、中世のパトロネージュと呼ばれる音楽家を支援する仕組みがすでに始まっている。たくさんの職人達と一緒にオーダーメイドでパーソナライズされた商品を作る喜びも、大量生産で失われたものだ。コミュニティの中で人々と交流しながら、芸術や研究などに時間を割きつつ生きていく中世の恵まれた人々に、改めてスポットをあてることが必要だろう。ただし、武士など支配階級は自ら縛りを作り窮屈な生き方を強いられていた人々も多くあまり参考にはならない。

超江戸社会の実現へ

江戸町人の人生を楽しむ生き方を実現させるためには、まず工業化社会のために作られた家族や会社単位の制度や社会システムを破壊し、一人の個の幸せとコミュニティの幸せという単位で再構築する必要がある。そして、それを支えるためにテクノロジーを最大限活用する。お金はあまり無いがその分、好きな時に好きな場所で好きな人と一緒に暮らし、人のためになる仕事をして、子供は社会のみんなで育て、仲間達と美味しいものを食べて、芸術を楽しみ、自己表現と承認欲求を満たしながら生きる。そんな自由に溢れた江戸町人のような生き方を普通の人達が実現できれば、特別な才能をもった人々やリーダーシップを発揮する人々を妬んだり、恨んだり、人生を悲観して自殺するような人は圧倒的に減るだろう。そんな社会の実現をみんなで妄想していきたい。

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