【イベント報告】お客さまとの絆を深める“Engagement Commerce”(第2回NRLフォーラム)

2017年2月23日、D4DRが企画・運営に関わる「Next Retail Lab(ネクストリテールラボ)」フォーラムの第2回が開催されました。

Next Retail Labでは、オムニチャネル、EC等の分野で活躍されている著名な方々に、フェローとして参加いただいています。その中から、今回はオイシックス株式会社COCO(Chief Omni-Channel Officer)の奥谷孝司さんとプラズマティクス株式会社CEO濱野幸介さんにご講演いただきました。奥谷さんには、良品計画時代から長年テーマにしてきている顧客時間を中心に、ITとマーケットの関係など、より俯瞰的なお話をしていただき、奥谷さんとMUJI passport開発にたずさわった濱野さんには、具体的な仕組みや解決策についてお話しいただきました。

購入時点だけを見ていても、商売は続かない

(奥谷)従来、小売業のマーケティングは、POSデータなどを頼りに、購買時点のみに注目してきました。「なぜ買ったのか」「次も買ってくれるのか」を知らないでいたのです。

今は、購入前の検討から、購入後の使用&消費までの流れが見えるようになってきています。この、顧客の一連の消費者行動を時間の流れで把握するのが、「顧客時間」という考え方です。

MUJI passportは、顧客時間を可視化しました。店頭でこのアプリを提示するのは、1人当たり年間に5回程度です。しかし、商品検討のためにアプリを開き、購入後には商品に対するコメントをするためにアプリを使います。MUJI passportは、常にお客さまとコミュニケーションできる環境を実現しました。

なぜ購入前後まで含めた顧客時間を通して、お客さまとコミュニケーションを取るのが大事なのでしょうか。

広告が効かなくなってきているからです。企業がSNSやアプリを使うことで、お客さまとの距離が近くなりました。ただ、近づいただけでは駄目で、どういうふうに気持ちよく肩を押してあげるか。そのための戦略として、アプリやSNSがあるのです。

オムニチャネルとは何か

オムニチャネルといっても、何か新しいチャネルができたわけではありません。店舗、スマートフォン、Webなどのチャネルがネットワークで繋がることで、「お客さま」がチャネルを選べる状態になりました。逆に言うと、お客さまにとって選びやすいチャネルをつくった企業が勝つのです。

その戦術として、重要なことは次の三点です。
1. Mobile with Payment(現金決済を減らし、スムーズなネット決済を実現する)
2. ネット&店舗在庫、情報の可視化
3. Pick up & delivery(お客さまに来店の上、商品をピックアップしてもらう。物流コストが上がる現状では大切な施策)

これらを全部実現するためには、システムが必要です。

無印良品については、経営陣が早めに在庫を可視化していたので、MUJI passportの導入がしやすい環境でした。

現在COCOを務めるオイシックスについては、今後、移動店舗や、IoT自販機のオフィス導入、オーダーしたものを受け取れる宅配ロッカーなどが、必要になると考えています。もともと経営者が「買い物難民を助けたい」という思いでビジネスを始めた背景があるからです。

エンゲージメント・コマースの時代へ

ECは、これからElectronic CommerceからEngagement Commerceの時代に入るでしょう。絆のきっかけとなる「touch point(接点)」をモバイル中心にいかに作るか。それを全社戦略として考えていくことが必要です。

これまで日本のネットスーパーは部分最適をしており、いつ来るか分からないオーダーのために在庫を用意するなど、効率が悪いものでした。アメリカではスターバックスのコーヒーがネットで予約できます。早く帰りたい、もしくは職場に行きたい人に便利さを感じるサービスを提供し、店側もその発注にスムーズに対応しています。

お客さま視点で考えたら使用&消費が大切なのですが、そこを見ているマーケターはあまりいません。お客さまの行動の中から売上を拾う。それをITやアプリで実現していくというふうに考えることが大事なのです。

顧客時間は、購入のタイミングだけでなく、検討するシーンも重要です。「そろそろ保険を買いたい」というタイミングを、企業側は知りたい。そのためにITのシステム、Webやアプリの「touch point」が大きな役割を果たします。

その際、気をつけることは、店舗オペレーションの負荷です。これを考えないで導入すると失敗します。お客さまは毎日お店に来るという経営陣の発想と、テクノロジーなんて入れてもお店が大変になるだけだから要らないという現場の衝突が発生しやすい。でも、入れ方をきちんと考えれば、うまくいく道筋が見えてきています。

今のマーケティングに求められること

日本はまだまだEC化率は低い。ある意味これはチャンスです。ただし、単にECを導入するのではなく、デジタルでお客さまとつながって店舗に来てもらう方向に舵を切ったほうがいいでしょう。「ECを入れてECの売上を伸ばす」ではなく、エンゲージメントを作る仕組みを考えるのです。

店舗における買い物価値は、絶対になくなりません。ただ、店舗まで行くきっかけをデジタルで作る必要があります。そのためにスマートフォンを起点に、少なくともWeb上に、消費行動を起こしているお客さまとの接点を担保しなければなりません。小売業をITの眼で見ていくのです。

店舗在庫の可視化ができていない小売も多いのですが、これはメーカーや業界が主導して進めていってもよいと思います。Engagement Commerce Platformを作るのです。

単純に「アプリを作りたい」人が多すぎます。まずは、お客さまに「顧客時間」の中で何をしてほしいのか整理して、そのために必要なことを考えていくのです。

ロイヤルカスタマーを育む

これからの小売は、ロイヤルカスタマーから「I love MUJI」とか「I love オイシックス」と言われる仕組みづくりを、デジタルプラットフォームで作るようにすることが大切です。

ポイントプログラムではなく、ロイヤリティプログラムを作るのです。付与されたポイントを一生懸命使うお客さまより、そのブランドを買うこと自体がうれしい、「love」を感じるお客さまを作るのです。そのために、カスタマージャーニーを書くワークショップをすることもあります。購入のタイミングでポイントを付与するのか、チェックインのタイミングでプッシュするのかなどを整理していくのです。

無印良品では、長年ものづくりしていた経験から、どこでデータを取ることができるかを把握していました。それを絵にしたのがDigital Marketing Platform作りのフローチャートです。これを、この後話をしてもらう濱野さんをはじめ社内のエンジニアの人たちが書いてくれたから、MUJI Passportが動いているのです。行動データ×買い物データを入手することにより、マーケティングの精度を上げていくことができました。

ITとマーケティングが融合することが、Engagement Commerceの実現になります。これからもさらに新しい顧客体験作りをITで実現したいと考えています。

濃い体験をするほど、ロイヤリティも上がる

(濱野)私は、無印良品の基幹系の仕組みを作っているプログラマーでした。

2012年にスタートしたMUJI passportは、2013年にはその接触数がwebを抜いていました。MUJI passportも、中国では最初苦戦しましたが、中国で普及しているSNSや決済アプリなど、他の仕組みとの連携で、今では順調に利用率を伸ばし始めています。

購買以外の接触が、本当に購買につながるのか。無印良品のお客さまを、1. アプリを利用している人、2. 購入前後に商品の欲しい・持っているの表明や商品についてコメントする人、3. 無印良品で開催するイベントに参加している人、4. 商品に対してコメントを寄せる「IDEA PARKに参加している人」の四つに分けて調べてみると、順番に購買回数と購入金額が高くなっていました。

システムもコミュニケーションも横断する

ホロレンズやオキュラスなどのVR / MRや、音声オーダー、ロボット配送、無人店舗など、いろいろな新しいサービスが期待されています。

新しいサービスにおけるお客さまとの接点は、すべてスマートフォンでできるとも限りませんし、自社のアプリでするとも限りません。複数のシステムを横断して個人を認証して、スムーズに決済できる仕組みが必要になってきます。

また、こういう人に勧められたから買う、このブランドだから買っているというように、コミュニケーションと結びついて購買が進むようになるでしょう。いい商品を買った場合、Facebookで写真を見かけたという人も多いのではないでしょうか。

マーケティングオートメーションと一言で言ってしまうと薄っぺらいのですが、コミュニケーションと購買体験を支えるハブを構想して、広告さえもひとつのストーリーとして出していくような設計が大切になるでしょう。

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講演後の議論で、「無印良品だからできたのではないか」という藤元の問いに、奥谷さんはブランドも大事な要素であるとした上で、他の企業でも検討時の接点、買うときの接点などを整理するだけでも、今後のヒントは見えてくるだろうと回答しました。

メーカーに所属するフェローは、自分自身でもCRMの仕組みを準備している中で「無印良品やさまざまなメーカーがCRMの仕組みを個別に用意するのは、本当に顧客視点なのか」という疑問も提示しました。顧客情報の共有や、その許諾の問題などもありますが、「利便性が気持ち悪さを超える」という意見もありました。

とはいえ、やはり中小企業や零細企業には難しいという疑問には、奥谷さんは、売上を上げることが目的ならば、必ずしもITだけが解決策ではないとの見解を示しました。デジタルの顧客時間が見えていなくても、売れるものは売れるのであって、アナログの、実際に接客している顧客時間を忘れてはいけないと言います。

デジタルでデータを見える化することと、アナログでローカライズを一生懸命やることは矛盾していないという意見も出ました。デジタルの強みはあくまでも多くの人がスマートフォンを持つようになったからであって、デジタルはアナログをサポートしているだけだとの濱野さんの意見にフェローや参加者がうなずき、アナログのリアルがあってこそのデジタルということを再認識するまとめとなりました。

(イノビート編集部)

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